第37星話 賢者の贈り物の星 5 お別れ
「ただいま」
エリクが、ホテルに戻った時は、だいぶ遅い時間になっていたが、まだ明かりがついていた。
「おかえり」
マーシャが出迎えた。
「遅かったじゃない。心配したよ」
ほわほわのマーシャ。心底嬉しそうに。
「ごめん。いろいろあってね。ん?」
エリクは、マーシャに違和感を感じた。そうだ。いつもの栗色くるくる巻毛、今はしっかりと後ろに束ねている。こういうのは初めてだ。
「どう? 似合う?」
エリクの目線に気づいて、マーシャは悪戯っぽく髪をかき上げる。
「似合うよ」
「ほんと、嬉しい。さ、夕食よ」
「え? 私のこと待ってたの? こんなに遅くなったのに?」
マーシャは弾むような足取りで居間へ。
「今日は、2人にとって特別な日よ」
嬉しさが、抑え切れないと言うような声。
◇
卓には、冷たい料理が並んでいた。かなりなご馳走だ。
エリク、目を丸くする。
「うわあ、すごい。なんだ。言ってくれればよかったのに。もっと早く帰ってきたよ」
「うふ。冷めても大丈夫なお料理だから。今日は夜通し、あなたとおしゃべりしようと思ってたの」
「夜通し?」
「さ、食べましょう」
2人は、ご馳走に取り掛かる。
エリクは、喫茶店で食べてはきたものの、そんなにしっかり食べてきたわけではないし、何より、せっかくご馳走を用意して待ってくれていたマーシャの心遣いに応えなきゃと、目一杯、お腹に詰め込んだ。
◇
食後のコーヒーを飲みながら。
「エリク」
マーシャが、朗らかに言った。
「いよいよ、お別れだね」
「うん」
そうか。マーシャも、2人の別れのために、いろいろ考えてくれていたんだ。
「はい、贈り物」
マーシャが、包みを差し出す。
「なにかな」
受け取ったエリク、包みを開ける。
「あっ」
現れたのは、栗色の髪の束。
「マーシャ、これって」
「うふふ」
マーシャは、自分の髪をほどく。栗色のくるくる巻毛。下の方が、切り揃えられていた。自分の髪を切って、贈り物にしてくれたんだ。
「ありがとう」
エリクは、マーシャの栗毛を手に取り、自分の頬に当てる。
柔らかな温かさ。ほわほわの陽だまり。宇宙のどこにいても、ずっと浸っていられるんだ。
本当に、心に、体に沁みいる贈り物だ。いつまでも、マーシャと一緒だ。
「マーシャ、じゃあ、次は、私からの贈り物ね」
「何かな。ワクワクする」
瞳をキラキラさせるマーシャ。
「何だと思う? 今日、あなたへの贈り物、何がいいかと思って星都を歩いてきたの。それでね、見つけたの。ねえ、海辺で綺麗な貝殻を見つけたら、拾って贈り物にしようって思うでしょ? 今日あちこちで、見つけたの。すごく強い、二つと無い想いのこもったものを。私からの贈り物よ」
エリクは、取り出した。
老宝石師の虹彩石の指輪。
菓子職人の小さな焼き菓子。
身投げ少女のリボン。
「これは?」
マーシャは、ちょっと戸惑ったようだ。硬く永遠の光を放つ宝石。ひと口で食べてしまえるお菓子。そして、どこにでもある、ありふれた安物のリボン。あまりにもバラバラの取り合わせだ。
エリクは、自信たっぷり。
「これにはそれぞれ、どんなに遠く離れていても、歳月を越えても繋がる想い、自分と大切な人を信じる想い、そして、どっちに転ぶかわからないギリギリの時でも、少しでも前を向いて進んでいける想い、凄く強い、本物の想いが込められた品々なの。マーシャ、受け取って」
「うん、ありがとう」
マーシャは、微笑む。
「小さな焼き菓子は、今、一緒に食べちゃおうか?」
「そうしよっか。実は、私、食べてきたんだけどね」
2人の少女は見つめ合い、笑う。
「それから」
エリクは立ち上がった。そして、マーシャに顔を近づける。
「想いを伝えるって、やっぱり」
自分の唇を、マーシャの唇へ。
マーシャは、避けなかった。しっかりと、エリクを受け止めた。
少女と少女の唇は、軽く、本当に軽く、そっと、触れた。
それでも。
エリクは、体に電流が走ったように思えた。
マーシャとの接吻。
今日出会った3人の話を聞いて、どうしてもマーシャに接吻したくなったのだ。ごく自然に接吻できた。
顔を離してからも、2人の少女は、ずっと見つめ合っていた。
◇
マーシャの両親が帰ってきた。
両親不在の間、親友として同居してくれたエリクのことを、マーシャは両親に紹介する。
マーシャの両親は温厚で優しげで、とても礼儀正しい人たちだった。マーシャの父親、反物質体複製人間研究の第一人者は、娘同様、ほわほわした紳士だった。
両親は、エリクに感謝の言葉を述べ、もっと一緒に逗留していきなさい、よかったら、バカンスの間ずっと、と言ってくれたが、エリクは、丁寧に断り、別れを告げた。元々、そういう約束なのだ。
別れる前、親友となった2人の少女は、またしっかりと抱き合った。
また会おうね、と言って。
◇
星から星へ。
エリクの旅は続く。




