1-7:一方その頃
「あーはいはい知ってるわこういうの」
岩肌が剥き出しになったどこかの山、その山頂。噴火口にできた小ぶりな湖のほとりにその少年は居た。栗色のマッシュヘアに錫色の瞳。ユウリと並んで電車に乗っていた、あの少年だ。
「異世界転移ね。親の顔より見た」
少年は自分の置かれた状況にうろたえる様子もなく当然のようにそこに立って、眼前に悠々と広がる大地を見下ろしながらすました顔で呟いた。
「理解が早くてたすかるよ。さすがぼくたちのマオだね」
少年の隣にどっしりと座った金色の獣はにこにこして答える。細長い耳に豊かなたてがみ、引き締まった筋肉質な体躯。長い尻尾の先で金色の槍を持ったその姿は、被毛の色さえ除けば見た目も声もユウリが出会った獣と瓜二つである。
「で?姉さんはどこ?来てるんでしょ?」
「ユウリならちょうどあの月の下だね」
「月?」
獣が鼻で差した先に目を向けた少年は遠くの空に銀色の満月が浮かんでいるのを見つけると、ムッと眉をひそめた。
「距離感よくわかんないんだけど。多分遠い、よな…?てかあれ本当に月なの?雲より下にあんだけど」
「そうだね、そういうものだよ」
月は丸く、遠く離れていても眩しいほどに明るい。…しかし遠いとは言ってもマオの知っている月と比べれば…いや、比べるのもバカらしくなるほど遥かに近い距離、低い高度で浮いている。あれならそこら辺の鳥でも少し頑張れば月に行けてしまいそうだ。
「まぁ、異世界だしな…そういうのもあるか…。それより早く姉さんと合流しないとな」
さすが異世界転移モノを親の顔より見てきた男。マオは異質な現実などさっさと受け入れて、はぐれた姉に思いを巡らせた。
「状況わかんなくて困ってるだろうし、危ない事するかもしんないし、ボケっとしてて流されやすいから悪いやつに騙されるかもしんないし、あんま人の話聞かないし、適当だし、にんじんも食べらんないし、姉さんは僕がいないと駄目だからな…」
腕を組み深刻そうに、しかしどこか嬉しそうに独り言を漏らすマオの様子をみて、金色の獣は楽しそうに尻尾を揺らした。
「そうなんだ。マオはユウリがだいすきなんだね」
「んっ!?ま、まぁ…姉さんのことは僕が1番よく知ってるし、それに姉さんだって僕の助けを待ってるに決まってる。だからほら、早く行ってあげないと可哀想だろ?」
「うん、そうだね。一緒にユウリを探そうか」
「え?おまえ一緒に来てくれるんだ?へー。ライオンがオトモかぁ…悪くないかも」
「ライオンじゃないよ。ボクはカンナっていうんだ、よろしくね。かわいいマオ」
「かわいい…?んー。まぁいいやよろしく、カンナ」
星のない夜空を背景にマオはカンナから金色の槍を受け取ると、ふさふさした長い尻尾と握手を交わした。