1-6:唯々諾々
断末魔をあげたのは大エビの方だった。
クロハの素早い剣撃によって切断されたハサミが2つ、くるくると宙を舞って地面に突き刺さった。硬く重厚なエビの甲殻を簡単に一刀両断してしまったのだ。
それを見ていた小エビの残党たちは主君の敗北を悟ったのか、蜘蛛の子を散らすようにカサカサと逃げていく。大エビの方も表情はわからないが、心なしか焦っているように見える。唯一にして最大の武器であるハサミを両方とも失ってしまったのだ、もう戦う術が無いのかもしれない。
勝敗はすでに決してみえるが、やはりというか、この男には容赦というものがない。ウルムは満身創痍の大エビに飛びかかり、しっかりちゃっかりとどめを刺してドヤ顔である。大エビは煙となって消え、その場所にカラリと落ちた宝石もちゃっかりウルムが拾ってベルトポーチにしまった。
魔物が跡形もなく消えてなくなるせいか、戦いの後はなんだか急にひっそりしたように感じる。端的に言えば戦闘BGMが消えて環境音が返ってくるというか…変な感じだが、ともかく無事に終わった安堵でユウリはほっと息を漏らした。
それからまた何事もなかったかのように月明かりの下を進んでいくと、やがて林を抜けて町へと到着した。石畳に舗装された道、手入れの行き届いた植木、淡い色のレンガで作られた西洋風の町並み。時間が遅いせいか出歩いている人は見当たらないが、立ち並ぶ家々からは明かりがこぼれていて、人が生活していることがわかる。
一行はギヌガルクを降りて、大通りに面した一際大きい屋敷へと入っていった。古めかしい建物だが内装は広くて清潔感があり、高級そうな絵画や彩り豊かな花があちこちに飾ってある。
奥のほうで堅苦しいメイド服を着た若い女性が何か作業をしていたが、こちらに気づくとパタパタと可愛らしい足音で走ってきた。ゆるくウェーブのかかった橙色のポニーテールがふんわり揺れている。
「おかえりなさいませ騎士様方っ!お風呂ですか?お夕飯ですか?…おや、そちらのお嬢さんは?」
「巡回中に拾ったっす。俺はヤダって言ったんすけどね」
女性の元気な問いかけにウルムが答えるが、聞いているのかいないのか。女性はユウリの全身にくまなく視線を巡らせるとプリプリとまた可愛い音がしそうな様子で怒りはじめた。
「まっ!ケガをしてるじゃありませんか!どうして手当てをしてあげないのですか?お二人共、薬は持っているでしょう?」
「この程度は怪我の内に入らな…」
「は!い!り!ま!すーっ!もういいです、こちらのお嬢さんは私がお預かりいたしますのでっ!」
クロハの言葉をばっさり遮ると、女性はそのままたいへんご立腹な様子でユウリを羽交い締めにして引きずっていった。訳もわからずユウリはされるがままである。
他に連れていき方があるんじゃないかとか、メイドってそういう態度で大丈夫なのかとか、思うところはいくつかあるがひとまず彼女に任せておけばユウリの擦り傷や泥だらけの服はなんとかしてくれそうだ。