3−5:真理
しばらく待っていると黒猫のマガリがカイを引き連れて戻ってきた。すごい、本当に呼んできてくれた。
カイは以前に小船の上で見たときは色つきの丸眼鏡を掛けていたはずだが今日は裸眼だった。もしかして海に落ちた時に失くしてしまったんだろうか。細いツリ目と涙ぼくろがあらわになって、随分印象が違って見える。
それに今日は正装だ。美しい金色の刺繍が施された祭服からは荘厳さを感じられるし、こうして見ると整えられた天色のテクノカットも知的な感じがしてくる。
「やぁやぁ皆さんよく来たね。ユウリちゃんだっけ?いつか来ると思って心の準備して待ってたよー…それにしても、まさかクロハと一緒とは。なんの因果かねぇ、ギンネ?」
「さあね、ぼくにはわからないよ。今日はマリーの話を聞きにきたんだ」
「そうだよねー…ま、立ち話もなんだし礼拝室へ行こうか。でっかい女神像見たいでしょ?」
案内された礼拝室はまさに絵に描いたような教会で、赤い絨毯の敷かれた通路を挟んで左右に長椅子が並び、高い天井と繋がる広い壁には竜と女神が描かれたいくつかの巨大なタピスリー、そして中央には燦然と佇む女神マリーの彫像。聖母のような姿を想像していたが、あどけなく微笑むボブカットのマリー像はユウリとそう年齢の変わらない普通の女の子に見える。
ユウリは手前の方にあった長椅子に腰掛けて、膝にギンネを乗せた。クロハは礼拝室には着いてこず、図書館で時間を潰すと言って出ていった。
「さて、どっから話そうかなぁ…てか、その前にオレから質問していい?向こうでの真理さんのことなんだけど…」
「カイ。マリーはもういないよ」
「っ………。そっかぁ、ごめんね。変なこと聞いて」
ああ、やはり。そうなのか。真理とはユウリの母親の名前だ。母は幼少期から身体が弱かったらしく、幼いユウリとマオを残して二十歳を前に亡くなった。
母の記憶はほとんどない。祖父母はどこまでも優しいし、父は忙しい身で家に居ることこそ少ないがいつも気にかけてくれていて、何よりも懐いてくれる可愛い弟が居る。ユウリにとっては母の居ない悲しみや寂しさなど大したことではなかった。
「ぅ…、ぐすっ」
しかしどうだろう、隣に座るカイは膝を抱えてみっともなく泣き出してしまった。それを見てユウリは安堵する。夢の中、ひとりぼっちの病室で泣いていた可哀想なマリーにも、こんなに想ってくれる人ができたのだ。…と言っても片想いは実らなかったようだが。
「ぅ…ごめん。君の方がかっ、悲しいのに…ひぐっ、他人のオレが泣いてたらおかしい、よな…ぅ、うぅ…ずびび…」
ユウリは泣きじゃくるカイにそっとハンカチを手渡して席を立った。今は話を聞ける状態ではなさそうだし、そっとしておいてあげたほうが良いだろう。日を改めてまた来てみようか。
礼拝室を出るとマガリがちょこんと座って待っていた。ユウリを見上げて一声なくと、尻尾を立ててトコトコと歩き出す。ついていけば良いのだろうか。




