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1-3:なんそれ


 それは素晴らしい飛び蹴りだった。


 どこからか駆けてきた二足の恐竜のような動物が、そのたくましく引き締まった足、鋭い鉤爪を以て、赤い人の腕を蹴り千切ったのだ。

 どちゃりと不快な音をたてて落ちた真っ赤な泥は濁った色に変わり、触れた草を枯らしながら地面へと溶けるようにして消えた。


 赤い人を飛び越えた恐竜が振り返ると、その背に跨っていた青年が降り立って剣を抜く。青年の顔は上半分が仮面で覆い隠され、表情は伺い知れない。


 先ほどまでは余裕たっぷりに揺れていた赤い人だが片方の腕を失って怒ったのか、ブリュブリュと気色悪い音をたてて体積を膨張させ、姿形を変えていく。

 雄牛のような頭に人間の胴体、カバのようにずんぐりした四足の下半身、失った腕も新たに太く立派に生え変わったが、顔は相変わらず目も口もなく、全身がドロドロと不安定に流動している。


 …怖い。ユウリはすぐにでも逃げ出したかったが、恐怖ですっかり竦んでしまった足は震えるばかりで立ち上がることさえできなかった。もはや頼みの綱は颯爽と現れた謎の恐竜と仮面の男だけだ。手を胸の前に組んで、彼の勝利をただ願うしかなかった。


「…?これは…」


 男は仮面の奥で困惑の表情を浮かべた。それは目の前に居る異形の敵に対してではない、自分の身体が熱を持つのを感じていた。胸の奥がズクズクと疼いて、全身に力がみなぎっていくような感覚。掻き立てるような熱さに顔をしかめたが、しかし不思議な心地良さもある。


 男にとって未知の感覚であったが、なんにせよ今はゆっくり考えを巡せている場合ではないだろう。ふぅと小さく白い息を吐くと、剣を構えて地面を蹴った。


 ユウリは呼吸をするのも忘れて仮面の男を見つめていた。あまりの強さ、その洗練された動きの美しさに目を離すことができなくなっていた。


 赤い人の大きな腕による攻撃をひらりひらりと危なげもなく躱し、しなやかな身のこなしで鋭く重い剣撃を正確に当てていく。剣が振るわれる度に赤い人は大きく怯み、泥の飛沫を散らし、何度も膝をついた。哀れに思うほど一方的な戦いは、決着がつくまでそう長くかからなかった。


 赤い人であった大きな泥の塊は最後に大きく仰け反ると、重力のままにどちゃりと崩れて地面へと溶けていった。同時にサワサワと遠慮がちに揺れる木々の音が戻ってくる。…終わった、助かったのだ。


 安心して緊張の糸が切れたのだろう、ユウリは大きく息を吐いて肩を落とした。ぼんやりとして赤い人が消えたあとに残された枯れ草を眺めていたが、剣を鞘に戻すカチャリという音ではっと我に返った。顔を向けると重たそうなロングブーツが目に入る。


 そのまま視線を上にあげて相手の姿を確認していく。暗い色のタイトな服は首まで覆い、ロングコートに手袋と完全防寒の装い。顔は仮面で隠れていて愛想のない口元くらいしか見えないが、特徴的な濡羽色の髪が月光に艶めいている。


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