1-2:屈伸煽り
ユウリは戦っていた。比喩ではない。
木々に囲まれた小道で、バスケットボール大のエビのような魔物とエンカウントしてやむなく応戦しているのだ。
不思議な銀色の獣が置いていった細身の長剣は見た目のわりに軽く、頼りなくも思えたが振ってみれば魔法のように輝く斬撃が放たれた。まったくもって理屈はわからないが、ともかくこれのおかげでなんとか襲い来る魔物たちを撃退できている。
倒した魔物は煙のようになって消えるのだが、その後には何故か綺麗な宝石が落ちているので一応拾って集めておく。
現実離れした状況。しかしユウリは存外冷静に対応できていた。戦う手段を持っていて、どこからかおあつらえ向きに勝てそうな敵が湧いて出る。ならばきっと、まぁ"そういうこと"なんだろう。
そうして何度かの戦闘を終えたときだった。剣がすっかり手に馴染んできた頃、突如としてあたりの空気がピンと張りつめるのを感じてユウリの足が止まる。
顔を上げてみれば先ほどまで風に葉を揺らしていた木々はしんと押し黙り、魔物どころか虫や小動物までもそそくさと姿を隠す。
まるで時間が止まったかのような不気味な静寂に包まれる中、じっとりと纏わりつくような視線を感じて振り返ったユウリの目に映ったのは、赤い人だった。
厳密にいえば…いや、それは明らかに人ではない。木のかげった所に音もなく佇む姿は漠然と人のようなシルエットでこそあるものの、全身が赤く流動する泥状のもので出来ており、ぐねぐねと形は定まらず目も口もなかった。
今までに戦ったエビたちなんて可愛いものだと思った。何かが根本的に違う。あれは手を出してはいけないものだ、関わってはならないものだと本能が警告している。
冷や汗が足元に落ちて、我に返ったユウリは踵を返して走り出した。長い剣が少し邪魔ではあるが、それでもあんなドロドロとした遅鈍そうなものに追いつかれることはないだろう。そう自分に言い聞かせて嫌な汗を振り払い、前だけを見て愚直に走ったが、得も言えぬプレッシャーがじっとりと背中に張り付いて離れなかった。
そのせいだろうか、距離にすれば50mも走っていないかもしれない。ユウリは何もない所で足をもつれさせ、激しく転倒してしまった。
転んだ拍子に剣はすっ飛んでいったが、自分に刺さらなかっただけマシである。制服は土で汚れ、スカートから露出していた膝は擦りむけて血が滲んでいるが、走れないほどのケガではない。
ユウリは急いで立ち上がった。まだ大丈夫だ、体勢を整えればまだ走れる、逃げきれる。
しかし顔を上げたユウリの目に映ったのは、すぐ目前にまで迫った赤い人の不気味な笑みであった。ああ、いつの間にこんな近くまで来ていたのか、あるいはとっくに追いついていて、必死に逃げるユウリを嘲笑っていたのか。
赤い人はもう簡単に届くだろうという距離で、身体を上下に揺らしながらドロドロの腕をユウリへ向かってゆっくりと伸ばした。