1-1:はじめから
この物語はフィクションです。
軽めの恋愛要素、
一部に流血表現を含みます。
▼OK
がたん、ごとん。
のどかな夕焼けの田舎道を背景にして、軋む音を立てながら2両編成の列車が走っている。
乗客もまばらな車内には寄り添って座る少年少女。揃いの制服からして高校生、学校の帰りだろう。
いかにも眠そうにうつむく少女はくたびれた鞄を両腕に抱えながら、列車の揺れに合わせてこっくりこっくりと首を揺らしている。その度に少女の栗色の髪が、同じく栗色の髪をした少年の肩を掠めるのだが、少年は気にする様子もなく横向きに持ったスマホの画面に集中しているようだ。傍らの真新しい鞄には首をかしげた黒猫のマスコットキーホルダーがついている。
がたん、ごとん。
規則的なリズムで進んでいく列車、どこまでも田んぼの続く平凡で退屈な景色、まだ次の駅に着く様子はない。
重いまぶたを持ち上げ続けることを諦めた少女は、ゆっくりと目を閉じて意識を遠く手放した。
ーー…。
「起きて、ユウリ、かわいいユウリ…」
猫をなでるような甘い声に呼ばれて意識が浮上する。少女が目を開くと先ほどまで乗っていたはずの電車など影も形もなく、なぜだか冷たい草の上に横たわっていた。
頬にかかった髪をざらついた舌で優しくよけられ、驚いて顔を上げれば心配そうに覗き込む大きな獣と目が合う。
「!?」
ユウリと呼ばれた少女は声にならない悲鳴を上げて跳ね起きた。丸く見開いた錫色の瞳で、お行儀よく座る獣の姿を凝視して固まっている。
煌めく銀色のたてがみを佩びたその動物はライオンのような風貌でありながら、耳はウサギのようにピンと長く尖っている。動物園でも、テレビでも図鑑でも見たことのない生き物だ。襲ってくる気配こそないが、細く長い猫のような尻尾の先を柄に巻きつけて、器用に剣を持っている。
「おはようユウリ。よかった、間にあったね。だけどもう時間がないよ。お日様がおうちに帰ってしまうから」
何がなんだか分からない。ユウリの今までの人生の中では、寝て起きたら知らない場所に居たということもないし、剣を持った動物に話しかけられたこともない。
理解の範疇を超えた状況にいっそ思考を放棄して、あたりを見渡してみると薄暗い空の下に背の高い木々が遠くまで続いているのがわかった。周囲をぐるりと林に囲まれた、小さな泉のほとりにユウリと獣は二人きりでいる。
「ここには赤い人が来るけど、ぼくはもう行かなくちゃいけないんだ。だからユウリはこれを持って、遠くに逃げて。街についたら竜をさがすんだ、そうしたらきっと助けてくれる」
そう言って剣を置いた銀色の獣は困惑するユウリを気にかける素振りを見せながらも返事を待つことはせず、強く地面を蹴って大きく跳躍すると、そのまま暗い空へと溶けるように消えてしまった。
残されたユウリは少しのあいだ呆然としていたが、やがて明るい月の光が差してくると獣が残していった銀色の剣を手に取って立ち上がった。
とにかく今は"赤い人"とやらが来る前にここを離れなければいけないらしい。