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廃棄された未来の記憶  作者: 津多 時ロウ
第六章 西暦3341年 ミハル・カザハナ 救済片
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第十六話 死なずの魔女

 記憶採掘官によるレコードの採掘というのは、通常、採掘官一人につき一台貸与されているFARG96型、愛称ファルによって自動的に行われる。おおよその場所を指定してあとは実行を指示するだけで、近傍であればその日のうち、遠ければ三日でファルがレコードを蓄えて戻ってくる。記憶採掘官はそれを確認すればいいだけなのである。

 だが、GPSと接続する技術を失った現在の世界で、FARG96型がどうやって位置を把握しているのかは不明だ。

 製造元のラヴクラフト財団によれば、クレイドルと通信を行なって位置を割り出しているとのことだが、それではクレイドルの通信範囲外でも活動できていることに説明がつかない。たくさんのファルが配備されているにも関わらず、動かすためのエネルギーも含めて謎が多い代物なのだ。クレイドルのテンイと同じ素材で作られているという話だが、それもどうだか、本当のところは分からない。


 謎が多いと言えば、ファルに搭載されているパンドラという汎用記録リーダーも、非常に不可解な技術だ。地面の下に様々な周波数の〈波〉を送って、その反応で媒体に記録されたレコードを読み取ることが出来るのだという。そして、媒体を選ばない。紙に書かれた文字でもコンクリートでも、何でも読み取ることが出来る。

 僕のような素人でもこれはおかしいと思うのだが、ファル助も他のファルも、いつもしっかりとしたレコードを採掘してくるのだから、疑うのは無駄というものだ。


 そんな便利なファルの自動採掘も完全ではない。自動ではかなり広い範囲でしか場所を指定できず、どうしてもレコードの種類が偏らない。これは例えば、過去の政治がどのようなものだったのか調べようと政治の中心都市を指定しても、他の様々な情報も一緒に採掘されてしまい、欲しい情報を集中して集められないことを意味していた。

 だが、今回のように記憶採掘官がファルに同行する屋外採掘であれば、狭い範囲を指定して採掘を行なうことができるため、調査したいレコードがどこに集中していたのかさえ知っていれば、欲しい情報を効率的に集められるはずなのだ。


 だからこそ、かつてアリアケに存在したという薄い本の聖地、東京ビッグサイト。その伝説をこの目で見るために、僕は屋外採掘を申請した。全てはオリアナさんを元気づけるため、そしてエロのためだ。やましいことなど何一つとしてない。


 そして屋外採掘の当日。いつものようにカルイザワブランチに出勤して、準備を整える。

 まずはファル助。これがなくては採掘が出来ない。

 次に、僕の髪色と同じ真っ黒な立て襟のコート。ストンとした凹凸の無いデザインだが、ポケットが多く、見た目より多くの物を収納できる。RSCからの支給品だが、ロゴはどこにも入っていない。

 その次はスタンガン。多数の電極を散弾のように射出できる、屋外採掘時の護身用のものだ。これをコートの内側にあるホルダーに引っ掛ける。

 最後に移動の足であるソリッドトイ丙型、通称スノウビートルの使用権限を携帯型端末リーフィにインストールした。スノウビートルは四つのホバークラフト機構により、雪深いところでも移動できる優れものだ。

 キリリとした顔ですでに鼻血を出しているオリアナさんに見送られ、僕はカルイザワブランチから足を踏み出した。


「人類協力会議は全ての情報を開示しろ!」

「開示しろー!」

「我々はお前たちに血の制裁を加える用意がある!」

「人類協力会議に血の制裁を!」


 途端、耳に入ってきたのは脅迫にも似た物騒なシュプレヒコールだった。

 見れば、五人ほどが道路の向こう側でプラカードを掲げていた。しかし、無音。

 シュプレヒコールは横からだった。賑やかな方角に目をやると、先ほどの静かな集団とは離れたところに、また別の集団が屯していたのだ。

 幸いにして敷地に踏み込んでいることも、道路をふさいでいるようなこともなく、慌てず騒がずを装ってスノウビートルを発車させたのだが、心臓はまだ落ち着かない。


「ファル助、さっきのはなんだ?」

「先ホドノ……」


「ストップ。ナチュラルヴォーカライゼーションモードに切り替え」

「了解。ナチュラルヴォーカライゼーションモード起動」


 FARG96型にはほとんどの記憶採掘官が気付いていない、とある機能があった。それは、下位以上の管理権限を持つ者との会話によって、自己の機能を拡張することができるというものだ。

 実際には拡張したい機能が導入できるかどうか、FARG96型と細部まで詰めて話し合う。そして、問題ないとなったときに、FARG96型自身にプログラムを組むよう命令するという、とても面倒な工程なのだが、これにより、僕はファル助にいくつかの機能を追加することに成功した。

 その一つがナチュラルヴォーカライゼーションモードというわけだ。その効果は、……実際にファル助に聞いてみるのが分かり易いか。


「ファル助、カルイザワブランチの前にいた人たちはなんだ?」

「回答します。先ほどの人々は、掲げていたプラカードなどから、HCCおよびRSCが保持する全てのレコードを公開すべきだと主張する、記憶平等協議会と記憶奪還戦線、この二つの団体に所属する人々と推測されます」


 保存選別済みのレコードなど、一部の見るに堪えないものを除けば、一般人にも公開されているというのに、彼らはこれ以上いったい何を望んでいるのだろうか。


「うるさかった方は?」

「脅迫まがいの主張を行なっていたのは、記憶奪還戦線、通称RRFの戦士だと思われます」


「戦士とは物騒だね。武装してるの?」

「戦士とは、あくまでもRRF内部での末端の構成員に対する呼称です。刃物の所持で逮捕された例は少数ありますが、銃器や爆発物など殺傷能力の高い武器の所持は、現時点では確認されていません」


 ご傾聴頂いた通り、抑揚のない機械音声から、人間と寸分違わぬ流ちょうな話し方に変わるのだ。しかも、声質や話し方も指定できて、長期単独任務を行なうときに役に立ちそうだ。記憶採掘官の仕事で長期単独任務というのは想像がつかないけれど。


 そんな機能を試しながら、僕とファル助が乗るスノウビートルは、次々とクレイドルの境、つまりテンイのカーテンを通り抜ける。フジオカ、クマガヤ、カワゴエ、サイタマ、ジョウホク、そして最後はトウキョウセントラルクレイドルの内側に入れば、目指す聖地は目と鼻の先だった。


 大きな期待を背負い、自分でも勇んで辿り着いたアリアケの東京ビッグサイト跡地は、やはり跡地でしかなく、栄枯盛衰の枯と衰しか感じられないような、ときおりコンクリートの塊が顔を覗かせているだけの、ただの雪原だった。


「ファル助。大昔の東京ビッグサイトの位置は分かる?」

「おおよそ推測できますが、最大で十五メートルほどずれる可能性があります」


「じゃあ、予測地点より十五メートル四方広げて採掘をしてくれ」

「了解しました」


 ファル助はすいーっと宙を滑るように離れてゆくが、さて、その間に僕は何をしようか。ファルがもう一台貸与されていたなら、出先でレコードの確認作業も出来そうなものだが、僕のファルはファル助だけだ。そうなると、忙しく働くファル助をずっと監督するのも悪くはないと思えてくる。

 いつもなら薄暗いブースでレコードの確認をしている時間だが、僕は監督を決めこんで、ずんぐりむっくりとしたスノウビートルのボンネットに腰掛ける。

 今日の天気はどうだったかとふと空を見上げれば、カルイザワと同じ薄い色の空なのに、とても久し振りに見たような気分になった。

 ここはクレイドルの境界間近。ときおり、風に揺られたテンイが淡い虹色を空に描く。

 ファル助は灰青の空の下、地平線の辺りを規則正しく直線的に泳いでいて、それをじっと眺めているだけでも気持ちがいい。

 そんな気分でいると、今日は何かとても良い物が見つかりそうな気もしてきた。


「あら。あなた……RSCの職員かしら?」


 突然、視界の外から聞こえた女性の声。警戒を怠り敵の接近を許してしまったのかと焦るも、そもそも敵など想定しておらず、警戒らしい警戒などしていない。

 こいつはとんだうっかりさんだと正気に戻り、声に応えるべく暢気に周囲を見回せば、スノウビートルの脇に黒髪碧眼の神秘的な佇まいの女性が立っていた。

 どこかで見たことがあるような気がするが、はっきり言って好みのタイプだ。そして、うっかりさんの僕はこう見えてもRSCの難関試験を突破したエリートなのである。

 こういうときに言うべきセリフはレコードからしっかり学んでいるのだ。

 自分史上最高とも言えるキリリとした顔を作りながら、スノウビートルのボンネットから華麗に飛び降りて僕は言う。


「こんにちは、素敵なお嬢さん。以前、どこかでお会いしたような気がするのだけど、なかなか思い出せなくて困ったものだよ。こんな美人を忘れるはずがないというのに。お名前を教えて頂いても?」

「申し遅れました。私こういう者です」


 きゃー。

 ……恥ずかしい。恥ずかしくて、恥ずかしくて、今すぐに分子レベルまで消え去ってしまいたい。誰か僕をこの雪原に埋めてくれないか。

 さっきみたいに言えば女性は胸をときめかすんじゃなかったの? この人、すごい真顔のままなんだけど、どういうことなの? マンガに書かれていたお約束展開って嘘だったの!?


 おっと。うっかりにうっかりを重ねるところだった。

 お相手の美しい女性はリーフィをかざしている。これはつまり、古の時代で言うところの名刺交換、今で言うところのプロフィール交換をしたいということなのだ。

 僕もお腹のポッケからリーフィを取り出し、洗練された指さばきでプロフィール交換アプリを業務用にする。もちろん、生年月日や住所、連絡先のアカウントなどは非公開だ。


「これはこれは。こちらこそご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません。私、そこにあります通り、RSC……、記憶監理委員会カルイザワブランチ所属の三級記憶採掘官、ミハル・カザハナと申します」

「これはどうもご丁寧に。頂戴します」


 さて、神秘的な美女のリーフィには僕の素性がしっかりと表示されているようだ。

 では、目の前のこの女性がいったい誰なのか、舐めるように拝見してやろうではないか。顔はあくまでもキリリとしたままで。


「きゃー!」


 本日二度目の悲鳴だった。しかも、今度はしっかりとお腹の筋肉を使った大きい悲鳴だ。

 僕のリーフィに表示された彼女のプロフィールは、やたらめったらに肩書きが多い。

 主席技術開発研究員、統括クレイドル管理者、グループ統括、おもちゃ技師などなどなどなどなど……

 だが、それよりも何よりやばいのはこの二つ、いや三つだ。


 曰く、言わずと知れた巨大科学技術集団、ラヴクラフト財団グループ総帥。

 曰く、記憶監理委員会顧問。

 曰く、アトランティエ・ラヴクラフト。


「死なずの、魔女……」


 僕は無意識に呟いていた。


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