プロローグ
「......暇だ」
煌びやかに装飾された部屋に置かれた椅子で俺はため息交じりにそう漏らした。
「いいなぁ皆は」
窓の外には、雲一つない晴天のもと書類を両手で抱きかかえ忙しなく飛び回る天使。そして、加護を与えた者達が今日も懸命に生きているのを水瓶から見守る神もいれば、ガゼボでお茶会を開いて楽しそうに喋っている神もいる。
普通の生活、穏やかな日常、平凡な幸せ。どれが欠けてもいけない、いつもの天界だ。そして、そんないつもには俺が暇しているのも含まれていた。
破壊神。世界を創造した神、創造神と対を成す存在。世界が滅亡するとき、存在する全ての生きとし生けるものをーーつまり神をも殺し、世界に終わりを告げるもの。そのものこそが俺、ヴァルカン=クルエラだった。
俺の出番がないというのは平和で良いことなのだが......
いかんせん暇だ。暇すぎる。
黙示録に破壊神は神をも殺す傍若無人、残虐非道な神と書いてあるせいで、他の神々はおろか天使すら寄ってこない。外に出れば皆は途端に手を止め目を逸らす。そして、背後から恐怖の眼差しとヒソヒソと話し声が聞こえてくる。そのせいで天界で話し相手もいない俺は次第に部屋に籠もるようになった。
暇つぶしは一通りした。天井の木目も数えたし、手を組んで様々な動物を作ったりもした。しかし、限界だ。これからもいつ来るか分からない終末を一人部屋の中で待ち続けることを考えると、俺は終末より先に孤独死してしまいそうな気がする。
「そんなの冗談じゃない」
とは言ったものの、やることがない。人間に加護を与えて観察しようにも、過去与えた人間は皆破壊衝動に屈しろくなことにならなかった。だから俺は、あいつらのように......
いや、待てよ。どうして俺は今まで気づかなかったんだ。人間に加護を与えて観察するんじゃない。人間として世の中を見て回ればいいじゃないか。
俺はかつてないほどの好奇心と興奮に襲われた。書庫にあった人間が書いた勇者が魔王に立ち向かう英雄譚。そこには、旅の道中で寄った国で色んなものを食べたり、色んな人間と関わったりする様子や強大な敵を前に仲間と力を合わせて一致団結する姿が描かれていた。俺はこれを読んだとき胸が躍った。心が、体が滾るのを感じた。それを思い出した。
こう言ってはなんだが英雄譚に描かれている勇者のように世界を守りたいわけじゃない。むしろ、勇者達が命を懸けてまで守った国やそこに住まう人々を見てみたいのだ。
俺はいてもたってもいられなくなった。
「ブレンディ、出かけるぞ」
そう言うと、机に置いてあった懐中時計が細かい光の粒になった。幼女へと姿を変えた。
「久しぶりじゃな。あるじよ」
この古臭い言葉使いの主は、俺の契約精霊のブレンディだ。腰までのびた艶やかな黒い髪、幼い顔。黒を基調とし所々レースが施してあるワンピースを着ており、ミステリアスな雰囲気を放っている。......のだが、こいつはなんというか少し残念だ。
「それでどこへ出かけ......へぶっ!?」
椅子の前脚を浮かして座っていたが、バランスを崩し勢いよく地面に背中から落ちた。
......そんな残念幼女と俺がなぜ契約しているのかは、こいつが終末時計を司る精霊だからだ。ブレンディは終末を0時としたときに残り何年というふうに針を進めて教えてくれる、俺にとってはいなくてはならない存在。つまり、ブレンディが針を動かさない限りこの世は平和ということだ。
「どこへって冒険だよ、冒険。ほら、行くぞ」
倒れているブレンディを起こして部屋を出る。
向かう先は水瓶。あれは見ることもできるが神が奇跡を起こしたり、神託を下したりするための下界へ降りる唯一の手段でもある。
喋りながらしばらく歩いて城の中庭まで来た。俺の姿が見えるないなやさっきまで楽しそう話していたほかの神々は散り散りになって逃げだした。
「あるじよ、随分と嫌われておるのぉ」
「うるさい」
まぁ、慣れましたけど。
中庭の創造神の像の横にある水瓶を眺めながら、
「さていよいよだな」
武者震いしながらそう言った。
ここまで勢いで来てしまった。荷物も持たずに。だが、後戻りはしない。
「場所は......どうするかな。着いて早々少し冒険したいし......よし、アルカディア王国北西の森っと」
水瓶は場所を設定しなければ機能しない。なので、大陸一の国土を誇るアルカディア王国の近くに降りることにした。
水瓶から水が溢れ体を包み込む。目を閉じ、これからの生活に思いを馳せる。
色んな食べ物や色んな生き物、胸躍らす冒険に背中を預ける仲間達との出会い。
楽しみだ......。
水瓶に吸い込まれ、俺達は天界を後にした。
ご覧いただきありがとうございます!
お初にお目にかかります、両角と申します。
「面白い」「続きが見たい」と思っていただけましたら、ブックマーク、評価等よろしくお願いいたします!!!
大変励みになります!!!