3話【黄水晶と紫水晶】
この学園はエスカレーター式であり、とても大規模である。
迷路のような造りをしていて、恐らく方向音痴でなくても迷いやすいと思う。
つまり何が言いたいかというと
「2号館って何処……」
2号館というのが何処かすら分からないのだ。
「………あの」
真横から聞こえたのは、高くもなく低くもない、透き通るような声だった。
そんな天使の声色に、無意識に体を向けてしまっていた。
『___あっ』
生きた宝石だ。
手入れの行き渡った艷めく碧く長い髪の毛。
惹き付けられる黄水晶のような瞳。
同世代とは思えない程、大人びた端正な顔立ち。
「ル、ルル、ルリさん!?」
私が想いを寄せる彼女が、そこにいた。
_______
「いっつも思うけど、進級後って一気に内容難しくならない?」
「応用だよ?今からついていけなくてどうするの」
「外部受験の子の方が頭良かったりしてー」
学園の授業レベルからだろうか。
この時間になると、生徒は皆開放的になる。
その証拠に、今も廊下が賑やかだ。
「ルリさん!」
お昼を食べに行こうと席を離れた瞬間、背後から女の子に呼ばれた。
「どうしたの?」
「お昼に行かれるんですよね?良ければ一緒に……」
「ごめんなさい、生徒会のお仕事が」
「そうですよね、今年から会長ですもんね!無理ならさないでくださいっ!」
「ありがとう」
今の、陽気という言葉が似合いそうな彼女は……私の知らない人だ。
初めて同じクラスになったから、名前すら把握出来ていない。
『生徒会の仕事』
なんて嘘だ。
時々、ああしてお昼になると話しかけてくる人がいる。
好意的な意味なのだろうけど、どうしても私は1人が良い。
だから、これまでも先程のように躱してきた。
そうすれば、何れは諦めてくれるから。
さて
いつものように、私だけの場所に行こう。
階段を下り、その場所に繋がる渡り廊下へと向かった。
「渡り廊下ってここで合ってんのかな…」
その先には、何かブツブツと呟いている、可愛らしい顔立ちの女の子がいた。
そして、その横顔には見覚えがあった。
あの深い……まるで紫水晶のような瞳を忘れるはずがない。
今朝、私に好きだと伝えてきてくれた女の子だ。
独り言から察するに、道に迷っている様子だった。
……迷うのも無理はない。
初めから在学している生徒でも、未だに園内全てを把握している者は少ないのだ。
それが(恐らく)外部受験者となれば、尚更だろう。
そういえばあの子、あの後私の親衛隊を名乗る人達に連れていかれてたような……
「………あの」
困っているようだし、謝罪の意も込めて、話しかける決断をした。
「ル、ルル、ルリさん!?」
彼女は振り向くなり、私を見て酷く驚いているようだった。
色々と聞きたいことはあるけど、まずは謝罪をするのが適切だろう。
「今朝はごめんなさい」
「へ?」
「あの時、親衛隊みたいな人達に連れていかれてたから……」
少し考える体勢をとった後、『あー』という一言だけが返ってきた。
それは、たった今思い出したような声だった。
「逃げたので大丈夫ですよ!それにルリさん、何も悪くないじゃないですか」
「!!」
その一言で、罪悪感より関心が勝つのを感じた。
彼女は明らかに他の人と違う。
『自我』を持っていて、自分の正義に対し正直に生きているのだろう。
何となくだけど、そう思った。
今朝だって、真っ直ぐに想いをぶつけてくれたから。
「ありがとうございます。そんな風に言ってくれて……
あの、もし良かったら、お名前伺ってもいいですか?」
「今年からこの学園に入りました、1年のリアです!
……というか、場所変えません?」
目立ってるので。と彼女は付け足す。
周りに目をやると、少し離れた所から生徒に見られていることに今更気付いた。
寧ろ全く気づかなかった自分に驚く。
というかリアさんって、初日から既に有名人なのね……
*
*
リアさんからの言葉を受け、人気の少ない場所へ移動した。
「それで、ルリさんのような方が私にどういった御用で……?」
『ルリさんのような方』か。
今朝から疑問に思っていたけど、彼女は私の何に惹かれたのだろう。
「偶然見かけたら迷ってるみたいだったので」
「あ、そうですそうです!外部受験で来たのでまだ把握出来てなくて……
というか、私年下ですし、敬語じゃなくていいですよ?」
「わかった。それなら敬語は外すわね」
尚更分からない。
何処かで会ったことがあるのか、実は近所の方なのか。
「パネルのことはご存知?」
「パネル?」
「あれのこと」
すぐ側にある真っ白な機械を指差し、彼女に教えた。
「ここなんでもかんでも白いですね」
「設立者の趣味かしらね」
彼女の言う通り、この学園は白を基調としている。
校舎は勿論、制服や教室までもが白い。
全体的に少しくすみがかっていて、アンティークのような雰囲気も感じる。
「実はこれ、地図になってて、目的地までの行き方を教えてくれるの」
「能力物とは思えないくらいハイテク……」
リアさんが何か言っている気がするけど、気の所為ということにしておこう。
「そもそも広いから、全貌を把握してる学生の方が少ないのよね」
「そうなんですね。態々ありがとうございますっ」
彼女は元気の良い返事に加え、深深とお辞儀をしてきた。
「…………」
「どうしたの?」
お辞儀をし終えたかと思えば突然俯き出すから、思わず声をかけてしまった。
「以前も、こうして親切にしてくださいましたよね」
今彼女がどんな表情をしているかなんて、知る術もない。
予想さえしなかった一言に、ただ私は立ち尽くすばかり。
「………覚えてないならいいんです」
何事も無かったかのように、リアさんは顔をあげて笑っている。
「友達が待っているので失礼しますね。ありがとうございました!」
「ちょ、リアさん!!」
私の声なんて届かず、そのまま逃げるように行ってしまった。
意外と足速いな。なんてどうでもいい感想が浮かんだ。
しかし、どうしても腑に落ちなかった。
今夜はきっと、まともに眠れないだろう。




