憂鬱な元凶エピソード3
最終話です。
その日、男はやって来た。
身なりは作業着で決して清潔感のある感じでは無い。手には書類らしき物を束で持っている。
そしていきなり受付前で話し始めた。
「話し聞いて欲しいんやけど」
「どういった御用件でしょうか?」高原さんが対応する。
「おまえらに言うても、わからんやろ…専門家違うだろ」なにやら不穏な雰囲気である。
「ですが、内容によっては担当者が違いますし、分からないと連絡のしようが無ので…」
高原さんもまあいつもの事で、ややこしいのが来たと言う感じが出ている。
男は面倒くさいそうである。
「裁判したけど納得いかないからな…まあ、そんな事や!」「どういった裁判でしょうか?」
「ややこしいな〜交通事故の裁判や」
「分かりました、連絡をしますのでそちらに座ってお待ち下さい」
さすがは高原さんである、動じる事なくこなしている、私ならタジタジになっただろう!
「交通事故の裁判で納得がいかないそうで、話しをきいて欲しいってかたが来ています、対応お願いします」
高原さんが連絡をしたのが、公判事件管理である。裁判の事であるからそこに連絡をしたようである。
数分後、担当者がきて受付隣の部屋へ入っていった。
この手の裁判の後で納得がいかないとか、新しい証拠が見つかったから見て欲しいから聞いて欲しいとか、時々やってくる。
それも我々は要領よく聞かなければならない。
その人々は頭に血が昇ったまま受付にやって来る。
我々にはどの様な内容かは分からないが、隣の部屋からは激しい言葉が飛びかっているのはわかる。
担当者も大変である。
そこはプロである。裁判が結審した後の申し立てなど受け入れて貰えるわけは無く、しょぼくれて帰る者、怒って帰る者、また、新しい証拠を持って来ると言い放つ者などさまざまである。
何度も来る者は、来る日も来る日も撃沈される姿を何度か私も見た気がする。
冬の寒さが和らぎ、初春の日差しが受付にも差し込む陽気となってきた。
相変わらず受付に届けられるリストには、数多くの「被疑者」が連なっている。
今日に限っては別用紙に時間と名前、担当者、備考欄には(収監のため担当者が迎えに来ます)と記載されているものが届けられていた。
「収監」これから刑事施設いわゆる監獄にはいる事である。
その日の昼過ぎに受付のガラス扉前に5人の若者達が騒いでいる。
スマホで検察庁と掲げられたロゴの所で記念撮影をしている。どこからか来た旅行者がふざけている様である。
本来なら注意すべきだが、まあ長居しなければ……と思ったが、自動扉が開き若者達が入ってきたのだ。
「ここは入れないよ!」服部さんが注意した。
「呼ばれて来たんだけど」1人が言った。
「他の者は入れないよ」それは担当の2人の捜査官であった、前もって連絡があったとおもわれ降りて来ていたのだ。
「お名前をお願いします」私はいつものように手続きを始め、金属探知を行った。
「ガンバレよ〜」
「おう!」若者は拳を上げ担当者とエレベーターに乗り昇っていった。
他の4人は自動扉前から入りはしなかったが、いえ〜という感じで相変わらず騒いでいる。
「手紙書けよ」
何処かへ引っ越す者への手向けの別れの言葉と同じ感覚だ。
若者は収監される為に来たのだが、余りにも緊張感が無いのには驚いた。見送った彼らはスマホで写メを撮り繰り返し騒いでいる。
彼らには、収監されるその意味が分かっているのだろうか?
収監される若者は、罰則が与えられるということが!
残った担当者も彼らが去っていくのを確認すると、呆れ顔でエレベーターに乗り込んでいった。
駐車場業務から戻ると、高原さんが男性にからまれて(?)いた。
詳細などは分からなかったが「そんな事もしらんのか」と言われている。
一通りの事を終えて、私は金属探知に回った。
保護観察に来た様で担当者と2階に上っていった。
「在監証明書をもらいに来たんやて」高原さんが呟いた。
「在監証明書?なんですか」聞いた事がない。
「監獄に入ってた証明書やて……!」
「そんなんも知らんのか、おえらゃ〜せんの」やって。
おえらゃ〜せんの=だめだな〜の意
ベテランの高原さんも初めて聞いたらしい、まあ、真っ当な人間が知る訳が無いだろ〜自慢出来る事やないやんか〜ダメだこの人間は!
私は心の中で叫んでしまった。
未成年の子供が被害者になるケースも結構ある。詳細は分からないが、身元引受け人が児童相談所の人が同行して来る場合は親の虐待が疑われる。
まず、受付には警察の者が数名やって来る。そして本人と待ち合わせて上に上がって行く。
これはいつも変わらないパターンである。
刑期を終えて保護観察になる場合は、身元引受け人と共に来なくてはいけないが、身元引き受け人がいろいろな事情で居ない場合は、それを生業としている業者がある。これは、私もここに来て知った事である。
未成年などは、児童相談所などが受け持つが、なかなか親が認め無い場合、最悪な事態になるケースもある。
ある寒い朝、私が駐車場業務の為駐車場ゲートに向かうと異様な光景が広がっていた。
マスコミ関係者が何十人もいる、カメラを構え何かを待ち構えている。
私は訳が分からないまま、いつものようにゲートに立った。守衛と総務課長、広報官と刑務官もいる。「宜しくお願いします」と、刑務官が私に向かって挨拶をした。
意味が分からなかったが「はい」と返事をした。「いつも通りに……」守衛がわたしに囁いた。
「間もなく到着します」と刑務官が報道陣に向かって叫んだ。
やがて、護送車がパトライトを光らせながらこちらにやってきた。
ゲートで駐車券発行の為、止まると一斉にフラッシュが焚かれた。その間2、3分であったが私はボーゼンとしてしまった。
護送車がいつもの場所に収監されると、報道陣は散って行った。「ありがとうございました」と刑務官に言われて我に返った気がした。
後から分かったのだが、1か月まえに起こった幼児を虐待をし、死なせた事件の容疑者が護送されてきたのだ。
交際相手の男性が頻繁に虐待をしていたが、母親は怖くて何も出来ず、息子を死なせてしまった痛ましい事件である。
この地方ではかなりショッキングな事件として取り上げられていて、注目度がかなり高かったようだ。
静まり返った後は虚しさだけが残った。
数ヶ月後、我々はもうすぐこの業務を去る事が決まった。
入札に敗れたからだ。
新たな警備会社が年度始まりからこの業務に着く。
我々の業務は重要で且つ、危険度の高い業務であるが、誰かがやらなくてはならない業務でもある。
警備員がこの様な業務を担い、必死に働いている事はあまり知られて無いのかもしれない……
……憂鬱な人々はまだまだいますが、我々は一旦終了します。
また、機会があればお会いしましょう。
読んで頂きありがとうございました。