迷宮ステーション
関西弁は勢いです。変だったらごめんなさい。
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特別に穴場のランチビュッフェ教えたる。待ち合わせは店の前で11時30分。
場所わかるよな、関西人。
カフェ「地下の泉」地下迷宮から来いよ
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大阪駅地下街マップの写真とともにそんな挑発的なメッセージがスマホに届いたのは私が関西人になって二か月、転勤で関西に引っ越してからのことだった。
メッセージの送り主は生粋の関西人。大学時代の知り合いで大学だけ東京に来ていたような奴だ。
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最近関西勤務になったから関西弁教えてや
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ってメッセージを入れておいたら休みに会おうってことになって先ほどのメッセージを受け取ったのだ。
「地下迷宮」
大阪駅の地下街は海外でも有名なほどの迷宮らしい。増改築を繰り返すうちに関西人ですら迷うような迷宮に成長したとか。
と言っても都会の地下街だ。標識もあるし、人もいる。私だって新宿は地下派で地下街好きなのだ、余裕だろう。と甘く見ていた。
ここどこだ?
すでに地下街マップは役に立たない。周りに目印の店はあるのに今どこにいるのかわからない。元々方向音痴だから多少迷うことは想定内。時間はたっぷり余裕を持って来ているから大丈夫なはずだ。待ち合わせの10分前になったら奴にヘルプのメッセージを送ろう。そう考えてまた地図に目を落とした。
どうやら目的地の反対側まで来てしまったらしいことに気が付いた。方向音痴の癖に感覚で歩いていたのがいけないらしい。どうせ地図を見ても迷うんだ、そうなっても仕方がない。こんな話をしたら会った早々奴に笑われてしまう。よし、時間があったから気になる店に行ったことにしよう。
迷った言い訳を考えつつ、時間を見ると本当にヤバイ。遅れたら奴は何を言い出すかわからない。今日のランチをおごれとか言いそうだ。奴の指示を無視して地上に上がってもよいのだけど元々も土地勘のない私はどうせまた迷うだろう。目印になるものが多い分、まだ地下の方がましかもしれない。
たぶんこっちのはず。こっちからまっすぐいける道があったら早いのに。
そう思っていたら・・あった。でもそんな道マップには載っていないのでなんか怪しい。もしかしたら工事用の通っちゃいけないやつかもしれない。でも人一人が通れそうな幅は確かにあるのだ。店がないから載せてないだけかもしれない。関係者以外立ち入り禁止の札があるわけでもないし。誰も通っていないけど行くだけ行ってみようか。
そう思って私は一歩を踏み出した。
両側壁の道を歩くうちに先ほどの地下街とは思えないくらい静かになった。しばらくそのまま静寂の中を歩くと寂しさのあまり失敗だったかと後悔してくる。やっぱり戻ろうかと踵を返そうと思ったその時、街の雑踏が戻ってきてほっとした。なんだ、やっぱりショートカットだったんだ。
そこからは早かった。たどり着いた通りにその店はあったから。ショートカットした小道を抜けたところにその通りの案内図があった。
“まほら通り”
変な通りの名前だったけど店の名前を見つけた途端に気にならなくなった。あった、「地下の泉」だ。
時間を見れば待ち合わせギリギリ。小走りで行くと懐かしい顔が待っていた。
「遅い!待ち合わせには5分前集合やろ!」
「ごめんって。ちょっと迷ってました」
「しゃあないなぁ。トモやし」
「ミッツだってなんだかんだ涼しい顔しながら迷っている時あったじゃん!」
「あれは迷ったんちゃう、寄り道や」
そう、知り合いっていうのはこいつ、ちなみに元カレ。
彼こと小林褌水と私こと見芝友香。大学で同じサークルに入ったことがきっかけで同期同士で仲良くなり、そのままいつの間にか付き合っていた。そして、就職とともに自然消滅。今日の再会は5年ぶりだ。
「俺腹ペコや、入ろ」
「うん、ごめん」
私たちは待ち合わせの5分遅れで店に入る。
ちりん
ドアを開けるとレトロなドアベルが鳴り、「いらっしゃいませ」という控えめな声が聞こえた。
「あら、みっちゃんいらっしゃい」
「こんちは、今日はこいつ連れてきた」
「いらっしゃいませ、お食事楽しまれて行ってくださいね、ここは食べ放題のランチのお店なので、どうぞお好きなものをお好きなだけお召し上がりください。お皿はビュッフェ台にご用意してあります。時間制限はありませんのでごゆっくり」
定員さんはそう言ってミッツと私の前にお冷を置いてにこやかに去っていく。
店は入り口のベル同様レトロな雰囲気で表の騒がしさから切りとられているように静かで控えめなジャズが聞こえる。お客も結構入っていて繁盛している様子なのに騒がしさがない。この場所のこの時間にビュッフェスタイルなランチなら若い子たちに人気かと思いきや、客層も渋い。
「なにきょろきょろしとんねん、行くぞ」
「あ、うん」
店内を観察していたらミッツが立ちあがって私の腕を引っ張っていた。
私は今、飲食チェーン店を展開している会社に籍を置いている。だからこういったお食事処に来るとどうしても観察してしまうのだ。5年で身についた癖。
「ほら、これおすすめだから」
お皿を持ってまずは前菜にサラダを盛ろうと思っていたのに、ミッツは勝手に自分がおすすめのナポリタンを山高に私の皿にのせてしまった。こういった自分勝手な押し付けお節介は相変わらずだ。
「もう、サラダ入れようと思ったのに」
「草なんかいつでも食えんだろ、俺のおすすめ腹いっぱい食っとけ」
「ものには順番ってものがあるの。先に野菜おなかに入れとかないと太るんだから!」
「好きでもないもんで腹膨らめてどないすんねん」
「嫌いじゃないよ、サラダおいしいじゃん」
「じゃんじゃん、うっさい」
昔からよく言われた。なんで語尾に“じゃん”つけんねんって。自分は“ねん”つけるくせに。いいじゃん!
「ミッツは変わんないね」
「そっか、トモも変わんないよ」
「そう、色気出てきたと思ったんだけどな」
「ん?出てきた出てきた。色っぽいなあ、服が」
ジーンズにカットソーのどこが色っぽいんだか。
「別に色っぽい服なんて着てないじゃん」
適当に話し合わせんなってんの!
「それよりどうよ、ナポリタン」
「ん?ナポリタン」
言われてサラダを食べるのをやめてナポリタンをくるくるとフォークに巻き付ける。
ケチャップが程よく焦げていて美味しい。懐かしい味がする。
「うん、美味しい」
「せやろ、昔はバイキングちゃうかってん。大阪にかぁちゃんのお供で来た時、よう食ったわ」
「そんな昔からあるんだね」
「せや、老舗やね」
「ところで、ミッツは前んところで頑張ってるの?」
「ん?ああ、あそこは半年で辞めたった、ブラックやったわ。半年で休日1日ってあり得へんやろ。ほとんど会社に泊まっとったし」
「そりゃ無理だね、じゃあ今は?」
「それからしばらくフリーターして、また勤めたんやけど」
「けど?」
「またブラックやった。三ヶ月しか体持たんかったわ」
「で今は?」
「まあ、今は色々やね」
つまりは無職か、みんな色々大変なんだね。
「そういうトモはどうなんや?」
「ん?初関西、ばたばたしてるよー!」
そう、ばたばたしている。私はもともと地域限定枠での就職だった。だから関西転勤なんて本当はあり得ないのだ。
「ばたばたってなんやねん、大変だったんちゃうんんか?」
「お、ミッツ探偵鋭いですな」
「茶化すな、お前が返事よこすなんて・・なんかあったからやないんか?」
そう、初めにメッセージをくれたのはミッツの方だった。たった一言。
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機嫌ようやっとるかー?
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って。東京にいる時だったらスルーしていたかもしれない、元カレからのメッセージ。だって、東京にいる時だったら私にも彼氏と呼べる人がいたから。
「なんかね、気が付いたら妻子ある人寝とったことになってた」
「なんやねん、それ」
「うーん。色々面倒見てくれた先輩なんだけどね、指輪してなかったらてっきり独身かと思ってたんだよね、年だって3つしか違わなかったし。でもほかの人が、あの人一年前に子供生まれたばっかなんだよって教えてくれて。だからいい感じになってたけど、そういうの良くないって別れようとしたの。でも彼がさ・・・」
そう、彼が、“妻とはもう離婚協議に入っていて、財産分与でもめてるだけだ”って言われたんだ。でもそんな微妙な時期に付き合うのはやっぱり彼にとっても不利になりえるから。そう思って別れる方向で進めたかったのだけど、“心の支えが欲しい”って・・・つまりは私がほだされた。
でもふたを開けてみれば、彼は奥さんと別れるつもりもなく、奥さんからは泣いて“身を引いてくれ、彼を返してくれ”ってお願いされた。
結局、私は彼を寝取った悪女だ。いつの間にかそういうことになっていた。彼は彼で、私に“誘惑された”なんてほざくし。
「トモが誘惑!ぶっ、ありえへん、ありえへん。そこら辺の女子高生の方がよっぽか色っぽいって。お前、色仕掛けが一番似合わない女やもんな」
私もそう思う。ミッツは失礼な奴だけど、間違ってはいない。
だから会社を辞めて一度リセットしようと思ったんだ。でも上司が、関西行きを薦めてくれた。だから離れたところだったらやり直せるかなって思って初めての関西の暮らしを始めたんだ。
それなのに・・・
“なあ、東京から新しく来た子。社内恋愛、しかも不倫の末に飛ばされてきたんやって”
“だから総務なん?ここ女しかいないから?迷惑~”
“店舗でバイトとトラブっても大変だもんね”
“でもそのうちここでも物色し始めるんとちゃう?そういうのって治らないからさぁ”
女子トイレでたまたま聞いた話。結局ここにきても同じみたいだと思ったらなんかすごく気が抜けた。
せっかく慣れない土地にきて頑張ろうって、やり直そうって思ったのに。
開発部から総務部になっても大丈夫、慣れない仕事も頑張れるって思ったのに・・・この半年のごたごたを加えると、きっと私は疲れ切っていたんだ。
「だからさ、俺のメッセージ届いたんちゃうん?」
「ん?どういうこと?」
「俺さ、最初の会社が半年、ひと月フリーターして次の会社へ再就職。そこで3か月」
「うん、えっと・・・じゃあずいぶん長いね、その後が」
「そうやね、その後ずっとここにいんねん」
ここ?ここって・・・・どこ?
「え?このカフェでバイトしてるの?」
「まあ、することもあるかな」
「そう、次の就職決まるといいね」
「探してなんておらへんよ、ここきにいっとるから」
まあ、そういう考えもあるな。フリーターで暮らせていけるんだったらそれでもいいのかもしれない。そのうち本当にやりたいこととか、見つかるかもしれないし。
「そんでな、ここからみんなにメッセージ送ってん。そないしたらな、トモお前だけに届いた」
「私だけ?」
そっか、みんな番号変えたりしてるのかな。
あれ、私も変えたよね。5年前はガラケーで、スマホにした時変えて・・・
「私、ミッツに番号教えたっけ?」
なんだか背中が冷たくなる。地下ってほら、夏でも冷房効きすぎだよね。
勘違いだよ、きっと。ああ、誰かに聞いたのかも、きっとそう。でも、誰?私、結局大学時代の友達にだって今の個人的なスマホの番号・・・誰にも教えてない。だって変えたのつい最近だよ。会社から支給されたスマホがあったから個人的なのはずっとガラケーで過ごしてたんだ。落ち着いたら連絡しようと思っていて。
目の前のミッツは薄く笑っている。なんでも知っているかのような気味の悪い笑顔。
「心筋梗塞やって」
「なんのこと?」
「俺の死因。まあ、あんだけめちゃくちゃな生活とストレスやったらしゃあないよなぁ」
「ミッツ、何冗談言っているの?ミッツはここにいるじゃない」
「ああ、おるね」
そうしてミッツはまた笑った。
「地下の泉、いい店やったのにな」
「うん、いい店だよ」
「潰れてしもうた」
「いや、今私たちいるよね」
「向かいのファンシーショップもチェーン店でないのに頑張ってたんよ」
「うん、今も頑張っているよね」
「その隣の服屋。ちょっとおばちゃんくさくって、でも昔の洋服屋っぽいやろ、俺そういうの好きやな」
「うん、たぶん一定のニーズがあるんだろうね」
そう、このまほろ通りにある店は何となくひと昔前の匂いがする。
「ここも喫茶店がメインだったんよ。でも今どきチェーン店のシアトル系コーヒーショップ、カフェってやつが進出してきて難しくなったらしいんよ。最後の方は、ランチバイキングとかやってたらしいんやけど結局潰れた」
だから潰れてないじゃん。今私たちいるでしょ。
なんだか薄気味悪くなってきて、私はテーブルの上にランチ代を多いくらい置いてすぐに荷物を抱えて店を出た。なんだろう、いる人達はみんな普通に見えるのになんとなく気持ち悪い。
まほら通りをずんずんと歩く。さっきのショートカットでもいいし、とにかくこの通りから抜け出したい。
抜け出したいのに・・・
なんで・・・
私はまた“地下の泉”の前にいる。
「なあ、トモ。ここに来たってことはトモもそう望んだんやで」
「ウソ、私何も望んでない。ここでまた頑張ろうって、そう思っていたんだよ」
「ほんまか?頑張れるんか??」
「うっ」
“頑張れるのか?”
そう聞かれて言葉が詰まる。頑張れるのかなぁ、頑張れたのかなぁ・・・
「ここにいれば毎日楽しいで。この通りぶらぶらして、みんなと店番変わったりして。もうちょっとなれたらな、他んとこも遊びいけるんやで」
「ほかのところ??」
「せや、東京、名古屋、新宿、池袋・・・他にもほらな駅はみーんな繋がってるんや。いろんなところにまほら通りあるんやで」
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「ねえ、ミッツ。たいちゃんにもメッセージ送ろうかな、それからあき先輩と、みな先輩も」
「ええで、みんな送ったり」
「届くかなぁ」
「届いたら会えるんや、みんな心の隙なんていくらでもできるやろ、そこにすっと届けばええなぁ」
「そうだね、だってここ・・・・楽しいよ」
ここには私を悪く言う人なんていないよ。
だってここは“まほら通り”だもの。
駅の地下街。
ちょっと小路を抜ければきっと見つかる“素晴らしい場所”
お読みいただきありがとうございます。
あんまり怖くないです。