とけない雪だるま
溶けない雪は無いらしい。
「溶けない雪は無くても、溶けない雪はあると思うぜ」
ドヤ顔を向けてきた友人の言葉は俺には全く理解できなかった。
「あんた何してんの」
俺が何をしているか、その問いに答えるのは相当に難しい。
俺の存在意義というのは果たして俺が決めるものなのか、他者が決めるものなのか。
俺の人生の中でトップクラスの疑問である。
だが、今まさにその疑問が解けそうなのである。
その鍵は、目の前の"雪だるま"である。
「ねえ、無視しないでよ」
「なあ、溶けない雪はあると思うか」
「一ヶ月ぶりの第一声がそれでいいの」
「お前以外の人間とは喋っていたから第一声では無い」
「あっそ」
「それで、溶けない雪はあると思うか」
「無いわね。もしあったとしたら、それは雪とは呼べないわ。
雪は、氷の結晶。氷は熱を加えれば水になる。つまり、溶けるってことよ」
「だから、溶けない氷は無い、ということか」
「そういうこと」
「だが、友人曰く、とけない雪は無くても、とけない雪はあるらしい」
ところで、皆さんは雪はお好きだろうか。
寒い、冷たい、歩きにくい、と言った理由で嫌いな人も少なくは無いだろう。
だが、俺は雪が好きだ。
「とけない雪なんて無いわよ」
真っ白なベッドの上に座る雪は突き放すようにそう言った。
「どんなに必死に人間の元へ降り立っても、その人間には邪険にされ、挙げ句の果てに踏み潰される。
そして、春が来る頃には、太陽の熱にやられて、天へと飛び立つのよ」
雪は、俺の幼馴染だ。
雪は昔から病弱だった。
でも、別に命に関わるってほどじゃなくて、ただ人より少し学校を休みがちだっていうだけのはずだった。
いつからか、その休みがちは、休み過ぎになった。
いつからか、その休み過ぎは、不登校になった。
雪の命が、残り僅かだということを知った時、俺は彼女に会うのが怖くなった。
雪に会う一日一日が死へのカウントダウンになるような気がした。
「友人曰く、溶けない雪は無くても、解けない雪はあるらしい」
「だから、そんなわけ」
「これがその証拠だ」
そう言って俺は手に持っていたそれを雪に差し出す。
「そんなただのぬいぐるみが雪だなんて笑わせないで」
今、雪の手の中には俺が持ってきた雪だるまのぬいぐるみがある。
「それは確かに本物の雪じゃ無いかもしれない。でも、それも確かに雪なんだよ。絶対に解けることのない雪なんだよ。だから」
手術をすれば助かる見込みはあるらしい。
「雪は、解けない」
"溶ける"とは、水になること。
"解ける"とは、なくなること。