94ーウル
「リリ、疲れてないかい?」
「はい、兄さま。全然大丈夫です」
「殿下、水分補給を」
「ニル、ありがとう」
「殿下、大丈夫ですか?」
「うん、オク。大丈夫だよ」
長閑な草原で、休憩だ。俺はニルにりんごジュースを貰って飲んでいる。一気飲みしちゃうぜ。
「ニルは? 一人で大丈夫?」
「はい、まだまだ平気です」
「そう、無理しないでね」
「有難うございます。気持ち良いですね。景色も綺麗です」
「うん、本当に。あ、姉さまは?」
「大丈夫ですよ。姉もお側についていますから」
「なるほど〜」
領主隊の隊長、ウルがやって来た。
「殿下、お疲れではないですか?」
「うん! 隊長、全然大丈夫です!」
「では、後半は私がお乗せします」
「はい、よろしくおねがいします!」
「殿下、明日からの調査ですが、ご迷惑をお掛けします」
「え? なに?」
俺は領主隊隊長のウルの馬に乗せてもらっている。
もう、領都からかなり離れた。また海に近くなってきている。
とにかく景色が綺麗だ。青い空と、キラキラと陽の光が反射して光っている海、石灰岩の白い家。前世で言うと、そうだな……地中海辺りかな?
行った事ないけどな。ハハハ。ま、雰囲気だ。
「その……ケイア様です」
「ああ、気にしないで! ちょっとビックリしたけどね」
「誰も何も言えなかったのです。言えたのはハイク様だけでした」
「そうみたいだね。辞めた薬師の人達はどうしてるのかな?」
「皆、領地にいますよ」
「そうなんだ」
「はい、薬を売ったり、ポーションを売ったりして生活しています」
「有能な人達なんだろうね」
「そうですね。そうでない者は、さっさと婚姻してますね」
「ハハハ、それもいいね。幸せでいてくれれば、それでいいよ」
「はい。皆、強かですから。大丈夫です」
「そっか……安心した」
「殿下…… 」
「ん? なぁに?」
「殿下はその様な者の事まで、お考えだったのですか」
「別にそんな事もないけど。でも、辞めさせた様な事を聞いたからね」
「それでも辞めた者の事まで、勿体ない事です」
「なんでよ。普通だよ? アラ殿は知らないの?」
「おそらくご存知ないかと。奥様が辞めた者の面倒を見ておられます」
マジかよ!? いかんなー! ここにきてアラウィンの株がダダ下がりだぜ!
「夫人は出来た人だね」
「毎日泣いていた頃を知っているから憎めないと、仰っていました」
「そう。でも、皆にまで迷惑掛けるのは駄目だよ」
「……はい」
「みんな、優しいんだね」
「は? そうですか?」
「うん。だって兄さまなんて『私はいらない』て、言ってたよ」
俺は少しクーファルの真似をして言ってみた。
「ハハハ、真似がお上手で」
「そう? アハハハ。」
「殿下、また海に近くなりますよ。そろそろ見えてきます」
ウル隊長に言われて、海の方を見る。
岩肌の目立つ海岸線から、弓の様な形の白い小道が延びている。その先に、本当に小さい島がある。
島と言うよりも大きな岩と言う程度の大きさだ。そこに疎らに木が生えている。
「隊長、もしかしてあの小さい島?」
「そうです。少しだけ海に道ができているのが見えますか?」
「うん、見える!」
「あの道は夕刻までには海になります」
「潮の加減なのかな?」
「それが、年中変わりない時間なのです」
「そうなの? 不思議だねー!」
「はい。その道を通って、光の精霊がこちらに渡って来ると、言い伝えられています」
「へえ〜、光の伝説だらけだ」
「殿下、この国は『光の帝国』ですから」
「アハハハ、そうだった。あそこに渡れるの?」
「はい、馬は無理ですが。歩いて渡れますよ」
「凄い! 行ってみたい!」
「では、お昼を食べたら行ってみますか?」
「うん! やった!」
「すごーい! 凄い! めっちゃキレイ!!」
俺は走り出した。波打ち際に向かって走る。超綺麗だ! テンション上がるぜ!
「殿下、足元が悪くなってますから!」
「リュカ、だいじょーぶ!」
「殿下! 待って下さい!」
「アハハハ! リュカ! 海の色が違うよ!」
「殿下、濡れますよ!」
「リュカ、見て! 見てー!」
海の色が途中から違って見える。珊瑚かな? 石灰岩のせいかな? 深さも違うんだろうな。
こんな景色、前世でも見た事ないぞ。
「ああしてると、普通の5歳児ですね」
「フィオン、そうだな」
「リリは、いつもお利口すぎるのです」
「ハハハ、フィオンはお転婆すぎるよ?」
「お兄様、酷いですわ」
「ハハハ。それにしても、リュカがリリに付いてくれて良かった」
「はい、そう思います」
「良い遊び相手だ」
「フフフ、そうですね。歳はかなり違うと思うのですが」
「ああ、そうだな」
「兄さまー! 姉さまー!」
「ハハハ。フィオン、リリは少しはしゃぎ過ぎてるな」
「お兄様、今日位は良いでしょう」
「見てください! 高いですー! キャハハハ!!」
俺は隊員に肩車をしてもらって、超ご機嫌だ! クーファルとフィオンに向かって両手をブンブン振っている。
「殿下! お昼にしますよー!」
ニルが叫んでるな。
「はーい!」
「お外で、みんなで食べると美味しいねー!」
「プハハハ!」
「リュカ、笑いすぎ!」
「3歳の頃の殿下を、思い出してしまいました。クフフフ」
「あー、リュカ。だって本当に美味しいでしょ?」
「はい! 殿下!」
俺達は地面に敷物を敷いてもらって、シェフのお弁当を食べている。
「フィオン様、これは豪快にかぶりついて食べるのですよ」
「アルコース殿。かぶりつくのですか?」
「はい、こうです……ん! 美味いですね!」
「まぁ!」
「ハハハ、フィオン様が来られるとは、思いませんでした」
「今日はリリが誘ってくれたのです」
「いえ、今日ではなく」
「はい?」
「学園を卒業して、もうお目に掛かれないと思っておりました。お変わりない様で安心しました」
「アルコース殿もお変わりなく」
「ええ、私は変わり様もありません」
「まあ、何を仰るのですか」
「学園でフィオン様と過ごした日々は、私には宝物なのですよ。フィオン様は皆の憧れでしたから」
「アルコース殿こそ。女生徒がいつも噂しておりましたわ」
おやおや、フィオン。いい雰囲気じゃないか。プププ。オジサンはニヤけちまうぜ。