91ー馬鹿
アラウィンの執務室だ。
アラウィンとアスラール、側近のハイク、領主隊隊長のウルがいる。
俺サイドからは、クーファルとソール、オクソールにレピオスだ。
「調査ですが、明後日に出発しようと思います」
アラウィンが言った。
「では、明日にでも私から道具の説明をしておきましょう」
「レピオス、いいの?」
「はい。殿下は見学でも」
ニコッとされたよ。やだ、よく分かってるね、レピオスよ。心の友よ。
「えー、いいの?」
「はい」
「リリ、今日も色々していたみたいだね」
「兄さま、夕食を楽しみにしておいて下さい」
「そうかい?」
「はい!」
「ハハハ、クーファル殿下。リリアス殿下のお陰で、領地の特産物が増えそうです」
「そうなのかい?」
「それは、おっちゃんのお陰です」
「おっちゃん?」
「はい! 漁師のおっちゃんです!」
「ハハハ、漁師のまとめ役をしているニルズと言う者がおりまして、その者の事です」
「また、リリの支持者が増えたんだね」
「兄さま、おっちゃんはお友達ですよ」
「リリの友達は凄いね」
「はい!」
「ウル殿、領主隊は大丈夫ですか?」
オクソール、何かな?
「オクソール様、ケイア様が参加する事ですか?」
「はい。反発があるのではないかと」
「まあ、そうなのですが。逆に現場を知ってもらうのに良いとも」
「なるほど」
「現場を知れば、納品が遅れる事もなくなるのではと、思っている様です」
どうだかなぁ……
「リリ?」
「いえ、兄さま。なんでもないです」
「どちらにしろ、不敬罪は消えないがね」
「もう……兄さま」
クーファルの言い分も分かるんだ。当然だよな。だがなぁ……それより、何かひと騒動ありそうな気がするんだよな。
ルーは何も分からないのかな。ま、違うか……
「リリ、甘いな」
ポンッと、白い光と共にルーが現れた。
「ルー、どうしたの?」
「今、僕の事思っただろ?」
「思っただけだよ。流石にルーでも無理だろうし」
「リリ、僕を何だと思ってるのかな?」
「んー、白い鳥さん」
クルッポッポー、てな!
「リリ、酷いな! 確かに鳥の姿だけどさ!」
「エヘヘ、ルーありがとう。大丈夫だよ」
「殿下、ルー様」
オクソール何だよ?
あー、そっか。知らない人がいたんだ。
「ルー、自己紹介して」
「ん? リリそうかい?」
「うん、お願い」
「あぁ、そっか。はじめましての人がいるんだね。僕はリリに加護を授けた光の精霊で、ルーです。よろしく」
ーーガタッ!
あー、まただ。初めての人達が跪いてしまったよ。
「あ、止めて。普通にしてよ」
「皆、座りなさい」
アラウィンが治めてくれた。
「ルー様、甘いとは何でしょう?」
「クーファル、あれだよ。ケイアだっけ?」
なんでルーは知ってるんだ?
「だから、リリ。僕は全部知ってる、て言っただろ? 今日もまた、美味しそうな物を食べてたのも知ってるよ」
「また、シェフに言えばくれるよ」
「そう! 喜ぶよ!」
ん? 誰がだ? 誰が喜ぶんだ?
「あ……」
「ルー……誰が喜ぶの?」
「リリ……それは……内緒だ」
「ルー……もしかして父さま?」
「……!! フューフュ、フュー」
口笛吹いてるつもりかよ! 音が出てねーよ! てか、鳥が口笛吹けんのかよ!
「やっぱり」
「いや、アイスは皇后とリリの母上だ」
「母さままで!」
「クフフ」
「兄さま、知ってたんですか!?」
「いや、父上ならやるかなと、思っていた程度だよ」
「リリ、皇帝もリリの母上も心配なんだよ」
「もう、いいや。それより、ルー。なんで甘いの?」
「彼女は、リリ達が思っている以上に歪んでる、て事だよ」
マジかぁ……
「ルー様、分かっておられる事を、教えては頂けませんか?」
「辺境伯、お前が甘いんだ」
「ルー様」
「もっと早くに、ちゃんと拒絶して話していれば、あれも此処まで歪まなかった。逆に苦しめる事になるのが分からないか? 何より夫人が気の毒だよ」
そうだな、ルーの言う通りだ。
「ルー様……申し訳ありません」
「僕に謝る事じゃない。そのせいで、沢山の者が迷惑を被っている。
夫人だけでなく、息子達、辞めていった薬師達、領主隊もそうだよね。
もうあれは、百害あって一利なしだね」
「ルー、それは違う」
「リリ、やり直せるとか、矯正できるとかではもうないよ」
「ルー、そんなに?」
「ああ、そんなにだね。リリも、あれがやってる研究とやらの内容を知っただろう? 正気とは思えないね。馬鹿げた研究だよ」
「リリアス殿下、研究内容をご存知なのですか?」
アラウィン、なんだと?
「アラ殿、知らないのですか?」
「はい。」
「アラ殿、解決する気はあるのですか? まさか、今迄見て見ぬふりをして来たのですか?」
なんだよ! それは駄目だろ! 無責任すぎるだろう!
「殿下、私は…… 」
「リリの言う通りだ。全部、夫人に任せて自分は知らんふりだな」
「ルー、本当? アラ殿、それは駄目です」
「私が出ると余計に変になるのです。酷い時は、いきなり服を脱がれたりして。それで…… 」
「夫人がお可哀想だ」
「リリアス殿下」
そんなもん、言い訳だ! キッパリと拒絶しないのが悪いんじゃねーか。
「父上、もう止めましょう」
「アスラール……」
「私も、母上が気の毒で見ていられません」
「そうだな。息子達は止めさせようとしていたな」
マジ、1番の被害者は夫人だ。
「ねえ、ルー。きっかけは何なの? そう思い込むきっかけが何かあったんでしょ?」
「まあ、辺境伯が同情して優しくした事もあるんだが。そんな時に亡くなった辺境伯の母親があれを嫁にと言ったんだよ」
母親かよ! 無神経だな! しかも当の本人はもういないのかよ!
「父上、そうなのですか?」
「ああ。だが、あれは戯言だ。母が勝手に言っていただけで、父も私も考えた事もなかった。既に婚約していたしな」
いや、ちゃんと否定したのかよ!
「そこからは、辺境伯の側近だったか」
「はい、ハイク・ガーンディと申します」
「知ってるだろ? 君が一番言い聞かせていたからね」
「ハイク、そうなのか?」
「……はい、アラウィン様」
「ハイク、話してくれるか?」
「クーファル殿下、分かりました」
そして、ハイクは話し始めた。
側近のハイクとケイアとは幼馴染だそうだ。物心ついた頃から、一緒に育った。
ルー様が言う様に、アラウィンの母君の言葉がきっかけだった。
それで、両親を亡くしたケイアは縋り付いてしまった。母君もよくそんな無責任な事を言ったよ。
その頃、間の悪い事に、領地で一つの物語が流行っていた。
辺境伯家に引き取られた娘が、嫡男の婚約者だった悪役令嬢を懲らしめて、二人めでたく婚姻する、て物語だ。年頃の女性は皆、読んでいたらしい。
ケイアはそれと自分とをダブらせて夢見てしまった。自分と同じ境遇だと。
ハイクは、最初は寂しい気持ちを紛らわせているだけだろうと放っていたそうだが、そのうち現実と重ねる様になってしまった。
魔力なしでポーションを作れると思い込んでいるのも、その物語の影響だそうだ。
物語の中で、ヒロインが魔力なしでハイポーションを完成させる件があるらしい。
馬鹿らしい。マジで。
「ハイク、待って。大人なのに、そんな馬鹿な事」
「リリ、大人でも馬鹿は馬鹿だ」
「ルー」
マジかぁ……