85ー猶予
「私の気持ちなんて、誰にも分からないわ! たかが怪我くらいで大袈裟な! 私の研究の方が大事なのに! 奥様も殿下も意地悪ばかり言って……!」
アラウィンの手を跳ね除けてケイアは言った。
これは……、あれだな。
親が亡くなった事で、ちょっとややこしくなってるのか?
あー、どうすっかなぁ……。
「今何と言いましたか!? 」
え? レピオス!? まさか、レピオスまで怒ってんの!?
「ケイア・カーオン! 今あなたは何と言った!」
「レピオス様……、レピオス様ならお分かりになるでしょうぅ? ポーションや薬湯を作るよりも、たかが怪我なんかよりも、研究の方が大事ですよねぇッ!」
――パンッ!!
げっ……! ケイアの頬をビンタした! マジかよ!
レピオスが叩いたんじゃないよ。
なんと、静かに控えていた辺境伯側近のハイク・ガーンディ。
彼がケイアの頬をビンタした。
駄目だ。手を出したら駄目だよ。
「ハイク! 何するのよ!」
「目を覚ましなさい! たかが怪我と言ったか!? お前は薬師なのに、そんな事も分からないのか!!」
レピオスも怒ってたけど、逆に落ち着いたかな?
「申し訳ありません。失礼致しました」
側近のハイクが頭を下げて戻った。
あぁ、こいつも守ってるんだな。それで手を出したんだ。
「いいですか? あなたがどんな研究をしているのかは知りません。ですが、本当に怪我くらいと思っているのなら、今すぐに薬師を辞めなさい」
「レピオス様……そんな!」
「殿下が今仰ったでしょう。怪我の場所や程度によっては、後遺症が残り兵を続けられなくなる場合もあるのだと。
そうなると、その者はどうなりますか? 生活の糧を失うのですよ。怪我の患部から、細菌が入る場合もあります。何より、魔物を討伐するのに痛みを堪えなければなりません。痛みに耐えながら、100%動けますか?
薬師は、ただ単にポーションや薬湯を、作っているだけではありませんよ。それによって、使用する人の生活や将来、そして殿下が仰った様に命を守っているのです。
あなたが怪我くらいと言ったその怪我で、命を落とす者もいるのです。あなたの自分勝手な優先順位で納品が遅れた為に、命を落とす者が出るかも知れません。
そんな事も分からないのなら、今すぐ辞めなさい。あなたには薬師でいる資格がありません」
レピオスがここまで言うのは初めてではないだろうか? しかしこれは、いつも俺がレピオスから教わっている心構えだ。
「あの、私もいいですか? 私はリリアス殿下の従者兼護衛で、リュカと言います。私は狼獣人です。希少種と言われる純血種です。
で、俺の師匠がこちらのオクソール様です。オクソール様は、有名なのでご存知だと思いますが、獅子の獣人です。リリアス殿下の専属護衛です。
ケイアさん、でしたっけ? どうして、皇太子でもない第5皇子のリリアス殿下に、こんなに有名な護衛が付いていると思いますか? しかも獣人が二人です」
「それは、光属性を持っているから。特別扱いなんでしょう?」
「まあ、半分正解です。オクソール様も私も、望んでリリアス殿下にお仕えしています。私は2年前に、リリアス殿下に命を救われました。その時に助けて下さった殿下をお守りしたくて、オクソール様に鍛えて頂きました。国の事を知らなくても、狼獣人が狙われやすい事位は知ってますか?」
「ええ、希少種だから」
「そうです。その希少種の狼獣人の中でも、純血種の私はずっと狙われてきました。でも、私よりもっと、生まれた時から何度も命を狙われて来たのが、リリアス殿下です」
「はぁ? そんな馬鹿な! 皇子が狙われる訳ないじゃない。嘘つかないで!」
「実際に2年前、私が殿下に命を助けて頂いた時も、殿下は実の姉君に殺されかけてます。帝国では有名な話ですが、知りませんか?
いいっスか? 殿下の事を蔑む様な言い方は許せないです。殿下はあんたが思ってる様な人間じゃないんだよ。自分一人が不幸だなんて思ってるんじゃないぞ! そんな態度が今迄許されてきたのも、皆が辺境伯の身内だからと遠慮してるからじゃねーか。辺境伯夫妻に守られているからじゃねーか。あんた、甘いんだよ。どっちが子供だよ?
俺ならあんたみたいな人には絶対に命は預けないね。リリアス殿下に、謝れ」
あーもう! リュカ、『俺』て、言っちゃってるし。言葉遣いが違うし。
怒ってたのかよ! 駄目じゃん!
「そうですね。私もリュカに賛成です。リリアス殿下に謝れ」
おい、オクソールお前もかよ!
「あ、私共もリュカに賛成です。リリアス殿下に謝ってもらおう」
え? 領主隊隊長、副隊長もなの!?
俺は有難いよ。皆の気持ちは凄く嬉しい。
だがな……
「待って! 待って下さい! みんなでケイアを責めたらだめです! ケイアの言い分もあるのだから、聞かなきゃ」
「リリ、聞く必要があるかい? 皇子に対する不敬罪だ。
それに城だと、納品が遅れるなど減俸処分ものだよ? それだけの意味があるんだ。レピオスが言った様に、命に関わるからね。
こんな自分勝手な甘い事を言ってる者に、大事な辺境の薬師をしてもらいたくないね」
もう俺はお手上げだ。収拾がつかないよ。
「クーファル殿下、リリアス殿下、皆様。差し出がましいと存じますが、どうかこの件は私に預けて頂けませんか?」
おぉ、冷静な人がいたよ。
辺境伯側近のハイクだ。後は頼む!
「兄さま」
「リリ、駄目だよ。不敬罪だ」
「兄さま、お願い!」
「リリ……」
「クーファル殿下、お願い致します。もう少しの間だけで良いのです。必ず調査に同行させます。それが終わるまで猶予を頂けませんか? お願い致します。」
うん、落とし所だ。
「兄さま」
「仕方ない、分かった。リリ、取り敢えず調査が終わるまでだ」
「兄さま、ありがとうございます!」
「クーファル殿下! 感謝致します!」
「リリ、フィオンの耳に入らない様にしなければ」
「はい、兄さま。それは、絶対です」
何よりも要注意なのはフィオンだよ。