83ーマロンパイ
「シェフ、美味しい〜!」
「そうでしょう!! 殿下、沢山食べて下さい! あ、皆様も食べて下さい。私と料理人達の力作ですから! さ、どーぞ、どーぞ!」
場の空気をぶった切って現れた、シェフの持ってきたおやつを食べている。めちゃ美味い! 俺も場の空気を無視しておやつを頬張っている。
シェフ特製のマロンパイだ。
調理場の皆と色々やっているらしくて、仲良くしてるみたいで良かったよ。
大学芋も教えたから、いつ出てくるか楽しみだ。
「殿下、りんごジュースですよ」
「リュカ、ありがとう。……リュカも食べよ?」
「あー……はい。まぁ、その……」
まあ、この空気じゃあ無理だわな。
「皆さん、ひとまず休憩です! せっかく焼きたてを持ってきてくれたのですから、食べましょう!」
「そうですわね! リリアス殿下の仰る通りですわ。さぁ、貴方達も座ってちょうだいな。いただきましょう」
「奥様、紅茶をお持ちしました」
「まあ、有難う」
アラウィンの勇気のある側近が、紅茶を出してくれた。
名前、なんだっけ? と、じっと見てしまった。
「リリアス殿下、ハイク・ガーンディと申します。ご挨拶が遅くなりまして、申し訳ございません。お見知り置き下さい」
ニコッと人当たりの良い笑顔を見せる、アラウィンの側近。
ハイク・ガーンディ。
マロン色の短髪に茶色の瞳。
濃い奴が多い俺の周りで、珍しく穏やかそうな奴だ。
だが、俺は油断しないぞ。
クーファルだって、見た目は穏やかそうだからな。本性は腹黒なのに。
「リリ? 何か悪い事考えてたかな?」
「兄さま、まさか! 兄さま食べて下さい。兄さまが食べないと、皆食べられません!」
「リリ、そうだね。甘いもの食べて、一度空気を変えよう」
「はい! 兄さま! ハイク、ありがとう!」
「いえ、殿下。こちらこそ、有難うございます。」
『ケイアは悪気はないのです。ただ、言葉を選ばないと言いますか。間違って選ぶと言いますか。天然と言いますか。申し訳ございません』
ハイクが俺にだけ聞こえる様に、耳打ちしてきた。
「うん、分かった。ありがとう」
「とんでも御座いません。宜しくお願いします」
ニコッ……て。
やっぱこいつも侮れないぞ。
宜しくお願いされちゃったじゃねーか!
「シェフ! もう1個ちょうだい!」
「はい! 殿下!」
「ハハハ。リリ、美味しいかい?」
「はい! 兄さま! リュカ、食べてる?」
「はい、殿下。いただいてますよ。美味しいです!」
「オク、甘いの食べないなら、ボクがもらうよ?」
「いえ、殿下。美味いです。シェフ、これは先日とってきた栗か?」
「はい、オクソール様。そんなに甘くしてないので、栗の風味が際立って美味しいでしょう? 皆の試行錯誤の結果です!」
おー!! 先日とってきた栗で思い出したぜ!
「あッ! 兄さま! 大変な事を忘れてました!」
「ん? リリどうした?」
「フィオン姉さまです! これ、パイ持って行かないと!」
「リリ! 忘れてたよ! 大変だ!」
「殿下、大丈夫ですよ。ちゃんとニル殿が持って行かれましたよ。」
「シェフ、本当? 良かった〜!」
「リリ、ニルに助けられたね」
「ええ、兄さま。本当に!」
「先程、ルー様もアイスとパイを持って行かれましたよ」
「やっぱ、ルー行ったんだ」
て、言うかさ。アイスやパイをどこに持って行くんだ?
さて、仕切り直しだ。
シェフは満足気に去って行ったしな。
「ケイア、あなた一緒にいってらっしゃい。5歳のリリアス殿下でさえ行かれるのよ。あなたも一緒に行って、少しは役に立ってきなさい」
おいおい、辺境伯夫人よ。
空気を変えた意味なくなるじゃねーか。
「夫人、待って下さい。無理強いしたら意味ないのです」
「リリアス殿下。でもケイアはいつも籠ってばかりで、このままだと皆との溝が広がるばかりで」
「夫人、だからこそです。リリに任せてみませんか?」
「クーファル殿下。分かりました。申し訳ありません」
いや、俺に任されても困るんだ。
クーファル、俺5歳だよ? 分かってる?
「リリ、続けて。」
「兄さま……」
「殿下、大丈夫です。お願いします」
「レピオスまで……んー、えっと。ハッキリ言っちゃうけど」
言いながら、周りを見渡す。
知らないよ? 5歳児に任せたクーファルが悪いんだからな。
「ケイア、色々聞いたんだ。全部真に受けてる訳じゃないけど、ポーションや薬湯を依頼されてるのに、忘れる事があるって本当かな?」
「そんな! 忘れるなんて!」
「間違ってる? そう思われる事はなかった?」
「私は研究の手が離せなくて、つい遅くなってしまっただけで! 遅くなってもちゃんと納品してます!」
ケイアは言い訳をする。
「あの、宜しいでしょうか?」
遠慮気味に手をあげたのは、領主隊隊長だ。名前なんだっけ?
「殿下、領主隊のウル・オレルスと申します。領主隊の意見をお話しさせて頂いても宜しいでしょうか?」
領主隊隊長、ウル・オレルス。
アッシュの短髪に栗色の瞳。
ガッシリした体躯の、見るからに戦士だ。
「ウル。此処まで来る間沢山お世話になったのに、お名前知らなくてごめんなさい」
「殿下! 何を仰います! とんでもございません!」
「領主隊のみんなには、とっても良くして頂いて。楽しかったです!」
「ハハハ、皆も殿下の事は可愛いくて仕方なかった様です。次は自分も馬にお乗せしたいと、もう煩くて」
「本当に? じゃあ、こっちにいる間にまたお願いと、言っておいて下さい!」
「畏まりました。喜びますよ。殿下、領主隊の皆の意見ですが。」
現場の意見だ。領主隊の意見を聞こう。