77ーアイスクリーム
「まあ! なんて美味しいのでしょう!」
これは、辺境伯夫人の一言だ。
シェフと料理人が何故か張り切って、夕食後にアイスを出してきた。
もう完成させたのか、凄いな。しかし、よく短い時間で固まったな。
めちゃ美味! 絶対にミルクも卵も良質だからだよなー。あ〜んッと口に入れる。ん〜!高級アイスの味がするぜ!
「リリ、よく知っていたね?」
「兄さま」
まずい、またピンチだ。
何で知っていたか、どう言うんだ?
「お兄様、リリは天才なのですよ?」
フィオン、フォローになってないな。
「兄さま、ここのミルクも卵も新鮮で美味しいとシェフから聞いたので、相談しました。ボクではなく、シェフ達のお手柄です」
「……殿下!」
あー、シェフがウルウルしてるぜ。
違うんだけどな、ちょっと利用させてもらって悪いな。それにしても、超ウマウマだな! 正月とか、暖かい部屋で食べたくなるんだよ。
「まあ、リリは昔から不思議な子だったからね」
「お兄様、不思議ではなく天才ですわ」
いや、フィオンもうやめてくれ。と、思っていたらフィオンにまた口の周りを拭かれた。いつも悪いね。
「しかし、甘くて冷たくて、美味いですな」
「あなた、本当に」
「アラ殿、アリンナ様。本当にこちらのミルクと卵がおいしいからです」
「まあ、リリアス殿下は本当に!」
本当に、なんだよ? そこで言葉を切るなよ。
「でもシェフ、よく短い時間で固まったね」
「殿下、それは魔法です。氷魔法ですよ。料理人の中に使える者がおりますので」
「へえ〜、凄いね!」
「殿下、食事の後にまだ眠くなければ、屋上に上がってみませんか?」
「アラ殿、屋上ですか?」
「はい、満天の星が見られますよ」
「うわ、見てみたいです!」
「そう仰ると思いました。眠くはないですか?」
「はい! お昼寝たくさんしたから大丈夫です!」
「ハハハ、では参りましょうか?」
「はい!」
そして俺は、オクソールに抱っこされている。
階段が長いんだよ。5歳児の短い足にはキツイんだよ。いや、俺の足が短いんじゃないぞ。身体が小さいからだぞ。
階段を上って屋上に出たら、満天の星が輝いていた。
「うわ……オク、凄いね……!」
「はい、殿下。素晴らしいですね」
「俺のいた村では曇り空が多かったので、これ程の星空は見た事ないです」
「リュカ、そうなの?」
「はい。村の方は山に近いので、早く寒くなります。雪が積もりますから。春と夏以外は曇りが多いですね」
「へぇ、知らなかった。でも、リュカ達は寒いの平気なの?」
「はい、狼ですから。暑いより寒い方が」
「そうなんだ」
確かに満天の星だった。
遮る高い建物もない。明るいネオンもない。
そして、知った星が一つもない。
おまけに月が大小二つだ。
ああ、本当に異世界だ……今更なんだが。何度も言ってるな。
俺、本当に死んで転生したんだ……
なんかまた今更痛感してしまった。
「……ゔ」
「リリ、どうした?」
クーファルが、心配してくれている。
駄目だ。泣くな。余計な心配かけるな。
だって、言えないだろ? まさか、異世界の前世が恋しいなんてさ。
「にーさま……なんでもないです。」
「リリ、おいで。」
俺はオクソールから、クーファルの腕に渡された。
「リリ、大丈夫だ。兄様が一緒にいるだろう?」
「はい……グシュ、にーさま。すみません」
「大丈夫だ。誰も気付いていない」
「にーさま。ありがとうございます。ヒクッ……大丈夫です。」
「リリ、大丈夫よ。兄様と姉様で皆には見えないわ」
「ねーさま……グスッ。ねーさま」
俺はフィオンに手を伸ばした。
「リリ。大丈夫よ。あなたの周りには、兄上も姉様もオクソールもリュカもいるわ」
フィオンは俺の手を優しく握ってくれた。
皆、大事にしてくれる。
なのに、悪い。違うんだ。
俺は日本が、家族が恋しいんだ。
あー、いい歳して情けねー。
俺もこの世界の皆が好きだ。大切だ。
でも、こればっかりは忘れられないんだ。
俺が55年間生きていた世界だから。
妻に息子達、お袋に姉貴、元気かなぁ?
俺は元気だよ、頑張ってるよ、5歳だけど。情けねーな。
お決まりだ。もう5歳なのに、まだこれは克服できないみたいだ。
気がついたら朝だったよ。マジで。
あー、ちょっとへこむなぁ。
「殿下、おはようございます」
「……ニル、おはよう」
「さ、ご用意して朝食に参りましょう。いつもの殿下の笑顔で行きましょう」
「ニル、わかった」
俺はモゾモゾとベッドをおりる。
顔を洗って、着替えて……さぁ、切り替えないとな!
「ニル、ありがとう」
「いえ、殿下」
俺はニルと食堂に向かう。ポテポテ歩く。
「ねえ、ニル」
「はい、何でしょう」
「あのね、女の人の方が強い、て言うよね?」
「殿下、話が見えませんが」
「例えばね、もう二度と帰れないところで生きていく事になったとしても、女の人の方が割り切って生きていける、て感じ?」
「それは、人それぞれではないでしょうか?」
「そうかな?」
「はい。まあ、男の人の方が甘えん坊だとは思いますが」
「うわ、なんかニル。大人だね」
「はい、殿下よりは」
「そう言う意味じゃなくてさ」
「え? そうですか? でも、あの父も、家に帰れば母がいないと何もできませんから」
「えっ!? あのセティが!? 」
「そうですよ」
「あの、父さまの懐刀と言われる、セティが……!」
「はい。ですから殿下はもっと甘えて下さって良いのですよ」
「フフ……ニル、ありがとう」