71ー意識
「殿下、宜しいですか?」
リュカが一歩前に出た。どうした?
「リュカ、かまわないけど、どうしたの?」
「殿下、私も見ておりました。差し出がましい様ですが、一言申し上げても宜しいでしょうか?」
まあ、リュカは護衛で付いてたから見てたんだろうね。でもさ……
「リュカ……」
「殿下、線引きしなければならない事もあります」
リュカが自分の事を『俺』じゃなくて『私』と言う時はそう言う時だよな。
まあ、いいか。任せるよ。
「リュカ、いいよ」
「殿下、有難うございます。
薬師様、殿下はまだ5歳です。ですので、信じられない事もあるでしょう。それは私も理解できます。
しかし、あなたの先程の態度は、皇子殿下に対する態度ではありません。
何より、何故殿下が自ら何日もかけて態々この領地にいらして、何故その軟膏を作ろうとなさっているのかを、考えないといけないのではないでしょうか? 殿下が我儘でなさっているのではないのです。
この領地の為、領民の為になさっていると言う事です。それを貴方はしっかり認識されていましたか? 私はその意識が問題だと思います」
リュカ、大人になったじゃん。ビックリするわ。
「リュカの言う通りです。殿下、申し訳ありません」
「アラ殿、本当にボクは気にしていません。この先、スムーズに進めばそれでかまいません。まあ、リュカの言い分も尤もですが……ボクの事よりも、これ以上苦しむ人を出さない事の方が大事です。分かってもらえればそれでいいです」
「いえ! そちらの方が今言われた通りです! 私が! 私の意識が間違っておりました! 目の前の軟膏の方に気をとられてしまって……態々お越し頂いているのに。本当に申し訳ありませんでした! これからは精一杯務めさせて頂きますので、どうかこのまま私も関わらせて下さい!」
アラ殿を見る。もういいんじゃね?
まさかこんな大事になるとは思わなかったよ。
「殿下、使ってやって頂けますかな?」
「アラ殿、もちろんですよ」
「有難うございます! 有難うございます!」
ガバッと音が聞こえそうな位、頭を下げられた。
もう本当いいんだって。
リュカが言ってくれた気持ちも嬉しいけどさ。
俺、気にしてないんだって。だって前世一般人だからね。
それに、もっと酷いクレーマーはいるからさ。
「ケイア、戻りなさい」
「はい! 申し訳ありませんでした!」
ケイアが走って戻って行った。
「リュカ、ありがとうね」
「殿下、すみません。出しゃばりました」
リュカが頭を下げる。リュカ、成長したよな。
「ううん。大丈夫だよ」
「殿下、申し訳ありません。あれは、ケイアは何と言うか……調薬馬鹿と言いますか……」
あぁ……そっち系なんだ。時々いるよね。
前世でもいたよ。研究者に多いよね。
「アラ殿、本当にいいんです」
「しかし殿下、リュカの言った事は正しいですよ?」
「ああ、うん。レピオス、分かってる」
「ええ。リュカ、申し訳ない。有難う」
「いえ! 辺境伯様! 出しゃばりました。すみません!」
「さて、アスラ殿。次はどこを見に行きますか?」
もうこの話はいいじゃんね?
「殿下、果樹園に行ってみますか?」
「果樹園もあるのですか!? 是非!」
「ハハ、本当に殿下が皆から慕われるのが良く分かりますな」
「アラ殿、ボクは普通の5歳児です!」
「ハハハ、そう言う事にしておきますかな?」
ええー、なんだよー!
「殿下ー! お昼ですよー!!」
はい! お決まりだよ。シェフの、空気を読まない呼び声だな。もう昼か。
「ハハ、シェフが呼んでますね。では殿下、昼食にしましょう」
「はい、アスラ殿」
昼飯の後はやっぱ昼寝だろう。
まだ眠くなるんだよ、5歳児だから。
「……ふぅ〜……」
「殿下、お目覚めですか?」
「……うん、ニル……んん〜」
ベッドの中で伸びをする。
「ニル、りんごジュースちょうだい」
「はい、殿下」
俺はベッドからおりてソファーに座る。
「ねえ、ニル。どう思う?」
りんごジュースが置かれる。うん、りんごジュースを飲もう。
「薬師様の事ですか?」
やっぱもう知ってるんだね。ゴクンとゆっくり飲もう。
「うん」
「フィオン様が危なかったです」
やっぱそうかぁ……ヤバイなぁ〜。
ニルの前で一気飲みは駄目だからぁ、ゆっくり飲もう。
「やっぱり? 兄さまは?」
「黙っておられましたが、あまり良い感じではありませんね。良く思っている者はおりませんよ」
「ニルも?」
「はい」
「そうなのか……」
「普通に失礼ではありませんか? こちらの為に、わざわざ遠いところまで来ているのですから」
「まあね」
「今後、薬師様はやり難いと思いますよ」
「そう?」
「はい。私達だけでなく、領主隊の方々にも良い印象は与えなかった様です。領主隊にしてみれば、自分達の為に来て下さっているのですから。しかも小さい皇子が。と、思われているようです」
「何? そこまでもう話がまわってるの!? 」
「殿下、裏庭であれだけの事をすると目立ちますから」
「そっか。まあ、いいや。ボクはボクのやり易い様にするよ」
「はい。それで宜しいかと」
「アスラ殿が果樹園に連れて行ってくださるんだ。ニルも行く?」
「いえ、私は」
「そう?」
「はい、少しフィオン様が心配ですので」
「ああ、ニル。ごめんね」
「殿下、何を仰います。殿下が謝られる事ではありません」
「うん。ありがとう」