68ー真っ赤
「殿下ー! 夕食のお時間ですよー!!」
場の空気を、木っ端微塵に壊すシェフの声……マジでな。
「リリ、呼んでるよ。クククッ」
「兄さま、笑わないで下さい。ボクにはどうしようもありません」
「ハハハ。さ、行こうか。夕食だ」
「はい、兄さま。フィオン姉さま、行きましょう。アラ殿、夫人、行きましょう!」
「ええ、リリ」
俺はクーファルとフィオンに挟まれて二人と手を繋いで歩く。
アラウィンと辺境伯夫人、ソール、オクにリュカ、皆で邸に戻る。
ルーがクーファルの肩にとまった。
「ルー様、素晴らしい話を有難うございます」
「うん、後はクーファルに任せるよ。公表するも良し、皇帝一家と辺境伯一家だけの話にするも良しだ」
「はい。有難うございます。私達の代では、フレイ兄上とアスラール殿が同級です。本人達曰く盟友だそうです。
それで今回も、アスラール殿が辺境伯と同行して帝都に来られていたそうです」
「そうか、本当に縁て不思議だな。いつの代でも、皇帝一家と辺境伯一家は繋がっている。良い事だ。きっと初代二人も嬉しいだろうね」
「はい。本当に」
「私は学年は違いましたが、アルコース殿に良くして頂きましたわ」
「姉さま、そうなんですか?」
「ええ。私の方が一つ下なの。でも、生徒会でご一緒だったのよ」
「ああ、フィオン。そうだったね。卒業式を思い出したよ」
「お兄様、思い出さないで下さい!」
「アハハハ!」
「なんですか? 兄さま。教えて下さい」
「リリ、アルコース殿が答辞で、フィオンが送辞を読んだんだけどね、フィオンが泣き出してしまってね。アハハハ……」
「お兄様、止めて下さい!」
「フィオン、あれはあれで良かったよ? もらい泣きしている者がいた位だからね」
「でも、やめてください。恥ずかしいですわ」
「おー、青春だねー」
「もう、ルー様まで!」
おいおい、フィオン真っ赤だぜ。
もしかしてアルコースに会いたかったのか?
いいねー。こんなフィオンは可愛いねー。
「シェフー! お待たせー!」
「殿下! ご用意できていますよ! 皆様もどうぞ!」
シェフはブレないね。
「……ん〜……」
「おはようございます。殿下」
「ん……ニル。おはよう」
さて、次の日の朝だ。
今日から例の道具作りだ。
「殿下、クーファル殿下とフィオン様が、朝食をご一緒にと仰っています。食堂に参りましょう」
「うん。わかった」
俺はモゾモゾとベッドを下りる。
顔を洗って、ニルに手伝ってもらって着替えて部屋を出る。
「ニル、もしかして兄さま達をお待たせしてるのかな?」
「大丈夫です。ゆっくり来られる様にと仰ってました」
「そう? ならいいけど」
食堂に入って行く。
「やあ、リリおはよう」
「リリ、おはよう。良く眠れたかしら?」
「兄さま、姉さま、おはようございます。お待たせしてしまいましたか?」
「大丈夫だよ」
「ええ。そんな事ないわ」
「殿下、おはようございます! 今日の朝食です!」
「シェフおはよう。ありがとう」
「いいえ! さあ、美味しいですよ! こちらは本当に食材が豊富で、料理人も知識が豊富で勉強になります! ミルクも卵もとても新鮮です!」
「そう。仲良くやってる?」
「はい! 勿論です! 色々教わっております!」
あ〜んッと食べる。これは、クロックムッシュか? 美味いな。チーズが激ウマじゃねーか。ふむふむ。モグモグと食べる。
「……おいしい! ホワイトソースもチーズもすっごく美味しい!」
「ああ、美味しいな」
「フフ、リリはいつも本当に美味しそうに食べるわね」
「はい、姉さま。本当に美味しいですから!」
「あぁ〜、リリはなんて可愛いんでしょう!」
「姉さま、やめて下さい。ボクは男の子です。可愛いは嬉しくありません」
「まあ! じゃあ、沢山食べて大きくなってカッコいいと言われる様にならないとね」
「はい! 姉さま! 見てて下さい! 絶対に大きくカッコよくなります!」
「まあ、フフフ」
「フィオン様は、本当に弟君が可愛いのですね」
「まあ、アルコース殿。嫌ですわ、いつの間にいらしたのですか?」
声に振り返ると、食堂にアルコースが入って来たところだった。
おい、フィオン。また顔が赤いぞ。可愛いぞ。
「今来たところですよ。私もご一緒しても宜しいですか?」
「勿論ですわ、ねえお兄様」
「ああ。アルコース殿。鍛練は終わりかな?」
「はい。今日も兄に勝てませんでした」
朝早くから鍛練してるのか!? タフだなー。
俺は無理だよ。寝てるよ。
「アスラール殿もお強い」
「はい。しかし、オクソール殿にはかないません」
まあ、オクは強いよね。
うん。あいつは別格だ。
俺は無言で食べるぜ。
「おや、今日の朝食は初めて見るものです」
え? そうなの?
シェフの定番クロックムッシュだよ。美味しいぞー。
「そうなのか? シェフの定番なので、良く食べられているものだと思っていたが」
「クーファル殿下、とても美味しいですね。シェフ、美味しいよ」
「有難うございます。リリアス殿下がお好きなので、よくお作りします」
「ああ、そうだ。リリアス殿下のシェフでしたね。本当に美味しいです。初めて食べました」
「実は私も、殿下に教わるまで知りませんでした」
ん!? なんだって? 俺か?
知らねーぞ? まあ、俺は無心で食べるけどな。
「……リリ」
「……? はい? 兄さま」
「これはリリが考えたのかい?」
「さあ? ボクは覚えてません。定番すぎて」
「そうだね。兄さまも定番すぎて考えもしなかったよ。シェフ、そうなのかい?」
「クーファル殿下、そうなのです」
ん? 俺は知らねーぞ? と、顔を横に振る。お口に入っているのでほっぺがちょっと膨らんでいる。ウマウマだ。
「殿下は覚えておられない様ですが、パンにハムとチーズを挟んでホワイトソースをかけて。と、仰ったのです。
あれはまだ3歳になっておられなかったかと。その時に作ったものを、クロックムッシュと言うんだと教えて頂きましたよ」
マジ? 覚えてねー。
待てよ、て事は。前世の記憶がハッキリ戻っていなかった時も、中身はやっぱ俺なのか?
無意識に色々やってそうだ。