61ーあと少し
もう辺境伯領が近いらしい。て、事はこの林を抜けるとノール河か?
ノール河。帝国の東の端だ。
河と言っても、対岸が見えない程の河幅で流れも急だ。
ノール河に沿って森が広がっていて、北の山脈寄りでは珍しい薬の材料になる薬草も採れるらしい。
2年前、俺を狙ったファーギル・レイズマン子爵。
あいつが逃げたのは反対の西側、王国との間に流れるリーセ河だ。王国に亡命しようとしたのだろう。
リーセ河には橋もあり、船も行き交っている。
人の脅威になる様な魔物も出ない。
今、近くまで来ているだろうノール河。
河幅は対岸が見えない程広く、深さもかなりあるらしいので対岸に渡る為の橋はない。
ノール河の向こうは他国領だが、沿岸は湿地帯が広がっているらしくて魔物の生息地だ。
だからわざわざ対岸に渡ろうとする者はいない。
広くて深いノール河があるから魔物も渡ってはこない。
ただ、海に流れ込む手前の数キロは浅くなっている為、魔物が渡ってやってくる。
それで辺境伯領には魔物が出るんだそうだ。
辺境伯領は帝国の南端一帯だ。海があり港もある。
広大な領地なので、辺境伯の血縁者一族が協力して治めている。
アラウィン・サウエル辺境伯は、その広大な領地の1番東端。ノール河沿いの、魔物が1番よく出る危険な地域を治めている。
そこに領都があり邸を構えている。
帝国初代皇帝が考案した魔物避けや、防御壁が領都を守っているので街の中は安全だそうだ。
この様な環境の為、辺境伯の領主隊は皆屈強だ。
対人ではなく、対魔物なので戦い方も違う。武器も違う。
辺境伯がこの地を守ってくれているから、帝国の中には魔物が少ないと言う事だ。
シェフが、喜び勇んで狩りに行く程度の魔物しか出ない。
有難い事だ。正に帝国の要だ。
「殿下! 夕食ですよ!」
「シェフ、ありがとう! いただきまーす!」
「シェフ、今日も美味そうだな」
「オクソール殿、有難うございます!」
「シェフ、今日も走って狩りに行ってましたよねー?」
「いやー、リュカ見てたんですか? お恥ずかしい。」
「リュカ、なんだ? シェフはそんなに狩ってるのかい?」
「クーファル殿下、シェフは毎日チョロチョロやってますよ!」
「あー、リュカ! やめてください!」
「もしかして、食事に出てくる肉はシェフが狩ったものですか?」
「いえ! レピオス様、皆様のは違います!」
ん? 今なんかシェフの言葉に引っかかったぞ?
ま、気にしない。俺は食べる。黙々と食べてるぜ。
「皆様のは違う?」
「はい、レピオス様。皆様のは料理班が、帝都からマジックバッグで持ってきたものです」
「……おいしい〜!」
ワハハハ、俺はひたすら食うよ。
「……シェフ。その『皆様』以外は?」
「クーファル殿下、それはリリアス殿下に決まっているではないですか!」
「シェフ、リリはどう違うのかな?」
「クーファル殿下。やはり新鮮なものは、栄養価も高く美味しいですからね! リリアス殿下には新鮮なものを! と、日々努力致しております!」
「シェフ、今日もおいしいよー!」
「殿下、有難うございます! 沢山食べて下さい!」
「兄さま、どうしました?」
「……いや。リリが美味しいならいいんだ。そうか……」
「「クックック……」」
「……はぁ……」
また、オクとリュカ師弟は笑ってるよ。
レピオスはため息か? なんだ?
「殿下、りんごジュースもらってきましたよ」
「リュカ、ありがとう!」
俺はリュカからりんごジュースを両手でもらう。
まだ両手なんだよ。手が小さいからな。両手でコップを持って飲む。一気飲みは駄目ってまた怒られるから、今はチビチビと。
「……コク……ねえ、オク」
「殿下、どうしました?」
「この林の向こうは河なの?」
「まあ、そうなんですが。すぐ河と言う訳ではありません。殿下が、林と言われた所は森の外れになります。入ると、どんどん森が深くなっていって、その森を出たら河です」
「そうなんだ。じゃあ、魔物も出るの?」
「今はまだ出ませんよ」
「どこから出るの?」
「辺境伯領に入ってからですよ」
「そうなの?」
「はい。魔物が出る地域は、辺境伯領になります」
「オク。それってね、魔物が出るところは辺境伯おねがいね、て事なの?」
「そうなります」
それって、帝国の1番厄介な魔物の問題を辺境伯に丸投げしてる、て事なのか?
「殿下、気になさる事はないのですよ」
いつの間にか、アラウィンが側にいた。
「アラ殿。聞いてらしたのですか?」
「はい、殿下。それを承知で、我々は代々守っております。それに魔物が出るのは確かに危険ですが、恩恵もあります」
「え、おんけい?」
「はい、肉が食べられる魔物も沢山いますし、皮も牙も森自体も色々と利用できます」
「そうなんだ」
「殿下は蜂蜜はお好きですか?」
「うん! 甘くておいしい。パンケーキには欠かせないです!」
「殿下は薬湯にも蜂蜜ですね」
「ハハハ、薬湯にパンケーキですか! レピオス殿は薬湯にも蜂蜜を?」
「はい、殿下は苦いと仰るので」
「成る程、レピオス殿が入れて差し上げると」
「はい」
「魔物が集める蜂蜜があるのですよ。コクがありまったりと甘くて絶品ですよ。」
「おおー!! 食べてみたい!」
「殿下、領地に着いたら色々ご案内致しましょう」
「アラ殿、ありがとうございます! 是非おねがいします!」
「殿下は蜂蜜が楽しみですね?」
「アラ殿! もちろん、蜂蜜もですがお話を聞いていると楽しみで早く着いてほしいです!」
「楽しみにして頂けるとは、嬉しい事です」