60ー姉妹
「……んん……」
「殿下、お目覚めですか?」
俺は昼寝から目が覚めて、周りを見る。
まあ、まだ馬車の中だよな。
「……うん。ニル、今どこら辺?」
「そうですね、あと1時間程で夕食でしょうか。順調ですよ」
「そう。ニル、りんごジュースちょうだい」
「はい、殿下」
「ねえニル。ボク、夕食も兄さま達と食べるね」
「はい。分かりました。あぁ、フィオン様は大丈夫でしたか?」
敷き詰めたマットやクッションにペタンと座って、りんごジュースをもらいながら答える。
「うん、危なかったけどね……コクコクコク……だいじょうぶ」
「良かったです。殿下、一気飲みは駄目ですよ」
「はーい。なんで姉さまはあんなに思われるんだろう? 何かあったのかなぁ?」
「はい、ありましたよ」
なんだって? あったのか?
「ニル、原因知ってるの?」
「はい」
また出たよ。ニルの天然がこんなとこで出たよ。
「殿下?」
「ニルて、本当そう言うとこあるよね」
「え? 殿下? またですか?」
「うん、まただね。ニル、原因を教えて」
「原因と申しますか……多分なのですが……」
はいはい。多分とか言って、絶対にそんな事ないぜ?
「殿下がまだ1歳半位でしょうか? 2歳にはなっておられなかったと思います」
きっと、また狙われたとかだろ?
俺、そんな頃から狙われてんの? 俺、ちょっとヘコむよ?
「フィオン様の目の前で攫われかけたのです。大した事はなく、フィオン様と侍女の機転で回避する事ができました。その時に、フィオン様に抱かれた殿下は、ニコッと笑ってフィオン様に抱きついて仰ったのです」
「何を?」
「ねーさま、ありがとう。と……」
……ん? 普通じゃね? 当たり前じゃね?
「それで?」
「それだけです」
んん? それだけ??? 『ねーさま、ありがとう』だけ?
あれ? オクソールも、そんな感じの事言ってなかったか?
『私に向かってニコッと笑って、ありがとう。と』オクが言ってた気がする……
「あれ? どこが原因なの?」
「ニコッと笑って、『ねーさま、ありがとう』です。その笑顔と言葉にやられたそうですよ」
それ、誰情報だよ!
「ニル、それ誰がいってたの? 誰からの情報なの?」
「フィオン様の侍女です」
「ニルって、姉さまの侍女と交流があるんだ?」
「はい、ありますよ。姉ですから」
はい、まただよ! もうやだ! この子は、まただよ!
「ニル……まただね」
ジトッとニルを見る。
「え? 殿下? あれ?」
「ボク、ニルに姉さまがいるの、全然知らなかったよ」
「はぁ、まあ関係ないですし……」
はい、またまただよ。またまた天然だよ。
「もう他にない?」
「えっと……何がでしょう?」
「ニルの兄妹が誰かに付いてるとかだよ」
「はい、もう兄妹はおりません。母は仕えておりませんし」
「……ハァ……」
まあ、いっか……いや、まてよ……
「ねえ、ニル。その側近とか侍女とかって、どうやって決められるの?」
「はい。殿下はまだご存知なかったですね。」
ニルの説明だと……
側近や侍従、侍女の中でも、皇族近くに付く者はその専門の教育を受けた者の中から選ばれる。
そしてその専門の家系がある。ニルの家もそうだ。後はフレイ、クーファルの側近もそうなんだと。あの二人も兄弟だって。全然知らなかったぜ。
そしてその教育は代々受け継がれる。但し、その家系の者は、政治に口を挟む事は禁じられている。
あくまでも皇族に付き従う、世話をする、守る事が役目だ。万が一にでも、側近等近くに付く者が、不正を働かないようにする為なんだそうだ。
幾つかあるその様な専門の家系から、年齢や性格等を考慮して選ばれる。
初代からずっと受け継がれてきた事なんだって。ニルの家は、今代では偶々姉妹だったから側近にはなっていないが、もしも男兄弟がいれば誰かの側近になっていたらしい。
「へえ〜、知らなかった。じゃあボクにも大きくなったら側近がつくの?」
「はい、そうです」
ふーん。側近かぁ……
「側近が付いたらニルとリュカはどうなるの?」
「仕事内容が違いますので、そのままですよ」
「そっか、良かった」
馬車がゆっくり止まった。
「ニル、止まったよ」
「はい。まだですよ」
「ニル……」
「ダメです」
早く外に出たいんだよー。
ーートントン
「殿下、お待たせしました。参りましょう」
「リュカ! ニル、行ってくるね!」
「はい、殿下」
俺は馬車から飛び降りてリュカと走る。
「殿下、走らなくても!」
「だってリュカ、早く行こう!」
「はいはい」
少し走ると、クーファルと側近のソールとレピオスが歩いているのが見えた。
「あ! にーさまー!」
「リリ! そんなに走ったら転けてしまうよ!」
「にーさま……わっ!」
げっ! つまづいた! お決まりじゃねーか!
「おっと!」
俺はクーファルに抱きとめられた。
「エヘヘ、にーさま。ありがとうございます」
「だから、転けると言っただろう? よっと」
「殿下、お気をつけて下さい」
「うん、レピオスごめん」
そのまま抱き上げられたぜ。俺もう5歳だぜ。重いだろう?
「兄さま、下ろして下さい。重いでしょう?」
「リリ位どうってことないさ」
そのままクーファルに、抱っこされて連れて行かれる。
「兄さま、今日はここで野営ですか?」
「そうだよ。夕食を食べに行こうね」
「はい!」
今迄は、平原や丘陵を通っている街道の、所々に設けられた休憩所で野営だった。
休憩所には、ちゃんと煮炊きの出来る四阿の様なものがある。
今日も休憩所は休憩所なんだが、街道の反対側は林になっている。珍しいな。
「兄さま、今日の所は木が多いんですね」
「ああ、この丘陵を超えたらもう辺境伯領だ。ノール河近くに来ているから、少しずつ木が増えてきているんだよ」
「そうなんですか」
じゃあ、あと少しだな。