58ーはぁ…
俺は相変わらず、馬車の中だ。
ゴトゴト、舗装されていない道を進む。帝都近くはまだ整備されていて、綺麗な石畳が敷かれている。
いや、多分普通の石じゃないな。もっと平らだったからな。
帝都からこれだけ離れると、街道とはいえ、全く舗装されていない。
「ねえ、ニル」
「はい殿下、どうされました?」
俺とニルは馬車の中、向かい合って座っている。
俺の周りやお尻の下にはクッションが沢山置いてある。いつ、コテンと寝てしまっても大丈夫だ。
「辺境伯領まで、あとどれ位なのかなぁ?」
「そうですね、1/4位ではないでしょうか?」
「そう。このまま平和で進んでほしいね」
「はい、本当に」
「フィオン姉さまの様子はどうかな?」
「はい、穏やかに過ごされている様ですよ」
「そう、良かった。でも男ばっかだから。姉さま居心地悪いよね?」
「……リリ殿下」
「ん?」
「フィオン様が、そんな事を気になさる性格だと思いますか?」
うわ、ニルそんな事言う? でもな……
「そうだった」
「ですよね。ふふふ」
「ニルは、フィオン姉さまに付こうとは思わなかったの?」
「全く思わなかったですね」
あれま、即答かよ。全否定かよ。
「どうして?」
「私はフィオン様の1歳上です。子供の頃に私の父に連れられ、お会いした事はあるのですが……私の手には負えないと思いました」
フィオンよ、一体何をしたんだ?
「……何か聞かない方がいい気がしてきた」
「ふふ、そうですね……あ、殿下。休憩みたいですよ」
「うん」
馬車がゆっくりと止まった。
「ねえ、ニル。もう出ていい?」
「殿下、まだですよ。オクソール様かリュカが来る迄駄目です」
「んー! 早く出たい!」
「えっ! 殿下出ますか!? 我慢出来ませんか?」
何をだよ! 何を我慢するんだよ!?
ニルって時々天然だよな。
「ニル、何言ってんの? 馬車から早く出たいんだよ!」
「……ああ! 殿下、申し訳ありません」
――トントン
「お待たせしました。殿下、どうぞ」
リュカが、馬車のドアを開けて俺を下ろしてくれる。
「リュカ。ねえ、オクは?」
「おりますが……殿下、先に昼食です」
「ええー。じゃあ、オクと食べるよ!」
そう言って俺は走って行く。オクソールを探すんだ!
「え、え? 殿下!」
「殿下、どうされたんですか!?」
「リュカ、もう馬車飽きちゃった! またオクに乗せてもらおうと思って……あ、いた! オクー!」
オクの側に走って行く。大きなテーブルに、料理の載ったトレイを置いていた。
「殿下、昼食はどうされました?」
「うん。オクと一緒に食べる! エヘヘッ」
「一緒に食べますか?」
「うん!」
「分かりました。リュカ、シェフに伝えてくれ」
「はい!」
リュカが走って行った。ごめんね、我儘言って。
「殿下、どうされました? 馬車は退屈になりましたか?」
レピオス、その通りだよ。レピオスは料理を載せたトレイを持っている。
「うん! だからね、またオク乗せてほしいの!」
「分かりました。構いませんよ。しかし、眠くなったら直ぐに教えて下さい」
「うん! やった!」
「殿下、馬の上で寝てはいけませんよ?」
「レピオス、それはないよ」
「あれ? リリどうしたんだい?」
クーファルがテーブルに食事を置いている。隣には側近のソールがいる。
「クーファル兄さま! ボクも一緒にこっちで食べます!」
「そうかい? じゃあ、兄様の隣に座らせてあげよう」
「はい! 兄さまおねがいします!」
クーファルに向かって両手を出す。
「リリ、そろそろ馬車は退屈かな?」
皆、なんで分かるんだ?
クーファルの膝に座らされた。いや、椅子に座らせて?
「はい、兄さま。だからオクにまた乗せてもらいます」
「そうか、兄さまも乗せてあげるよ?」
「本当ですか!? じゃあ兄さまは明日お願いします!」
「おや殿下。では私もお乗せしましょう」
「え! アスラ殿、いいんですか!? 」
アスラールも手にトレイを持ってやって来た。
「はい、構いませんよ。クーファル殿下、構いませんか?」
「勿論だ。迷惑でなければ」
「じゃあ、アスラ殿は明後日お願いします!」
「明後日ですか?」
「はい! 今日はオクで、明日は兄さまで、明後日がアスラ殿です」
「では、その次は私がお乗せしましょう」
アラウィンも側近と一緒に、トレイを持ってやってきた。
「アラ殿! 本当ですか!? 」
「はい。殿下、予約しましたよ」
「はい! アラ殿! 宜しくおねがいします!」
「殿下! お食事です!」
「シェフ! ごめんね、ボクもこっちで食べる!」
「はい! 大丈夫です! お持ちしました!」
「シェフ、ありがとう」
やっとクーファルが椅子に座らせてくれた。
「シェフ、今日の昼食はこれは何だい?」
「はい、クーファル殿下! パテの代わりに、ソテーした肉を挟んだバーガーです。スープもありますよ。皆さん、豪快にガブっと齧り付いて、沢山食べて下さい。はい、殿下どうぞ」
「シェフ、ありがとう! ボクだけいつもシェフに持って来てもらってる」
「はい! 殿下! 殿下はまだお小さいですから!」
「そうか。零しちゃうかな……んー! みんなで食べると、いつもよりおいしいです!」
「殿下!」
シェフ、ウルウルするな。耐えろ。
この肉は何だ? 齧り付くと肉汁があふれてくるぜ。ウマウマ。モグモグとほっぺを膨らませて食べる。ついでにお口もちょっととんがっている。
「あ! ニル置いてきちゃった!」
「殿下、大丈夫です。俺が伝えておきました」
「リュカ、ありがとう! エヘヘ」
「リリ、美味しいな!」
「はい! クー兄さま!……兄さま、あとどれ位でしょう?」
「そうだな、3日位てとこかな? アスラ殿」
「そうですね、この調子だとそれ位ですね」
「まあ! あと3日も掛かるのですか!? 」
出たよ。とうとう出たよ。その名も……
「フィオン姉さま」
「まあ、リリ。こんな所で食べてるの? 姉様と食べない?」
と、言いながらフィオンは俺のほっぺを拭く。悪いね、フィオン。齧り付いたからさ。ほっぺにまで影響が出たんだね。
「姉さま、ありがとうございます。ボクは……えっと。もう食べてますし。」
「そう? じゃあ、明日から姉様と食べなさい!」
「姉さま、ボクは此処がいいです。皆と一緒がいいです。ダメですか?」
と、ウルウル目で見つめてみる。少しだけ首を傾ける事も忘れない。
頼む。これでおさまってくれ!
「リリ! そんな事ないわ! リリの好きな所で食べたらいいのよ!」
ホッ……良かった。フィオンは去って行った。
「……よかった……」
「リリ、よくやった」
「はい、兄さま。とうとう出ました」
「あぁ、とうとう出たな」
「しかしもっと早くくるかと思いましたが」
「レピオスやめて」
「よく保った方だな」
「はい、兄さま……馬車に連れて行かれるかと思いました」
「あ、あの……?」
「ああ、アスラール殿は知らないな。フィオンはリリが好き過ぎて時々暴走するんだ。独り占めしたくなるらしい」
「クーファル殿下、暴走ですか……?」
「そうなんです。アラ殿。はぁ……」
「リリが3歳の時の事件も、知った時は大変だった。なぁ、リリ」
「はい、兄さま、本当に……あの時は、母さまの部屋に逃げ込みました」
「「はぁ……」」
「え? そんなになのですか?」
「ああ、アスラール殿。そんなにだ」
そうなんだよ。そんなになんだ。暴走したフィオンは誰にも止められない。