57ー爆睡だった。
オクソールが話を続ける。
「あの時、殿下はいつもお一人で淡々と食事をされていました。事件直後は、食べられない状態が続きました。あのシェフは心配し毎日毎食、殿下の部屋の前で待機して様子を伺っていたのです。ある日偶然その事を殿下がお知りになって……それからシェフは、殿下のお部屋に食事を持って入る様になり、殿下はシェフと会話をしながら食べられる様になったのです。その時殿下が……シェフがいてくれるから、一人の食事も寂しくないと仰ったのです。僅か3歳です。その時私達は、どれだけ殿下に我慢をさせていたのかと邸にいた全ての使用人が後悔しました。お命をお守りするだけでは駄目だと。お心もお守りしなければと。殿下は普通にされているのです。悲しい顔もされない。我儘も言われない。私達は気付けなかった。3歳の殿下が、どれだけ寂しい悲しい思いをされていたのか。1人我慢されていた事に気付けなかった。それにいち早く気付いたのが、あのシェフです。もう二度と殿下に、あの様な思いをさせてはならないと皆思っています」
そして、クーファルが続ける。
「私も一度、リリが泣いていると聞いて駆けつけた時にしがみ付いて泣かれたよ。リリに手を出した第3皇女も妹だ。兄妹だが……あの時は、許せないと思ってしまった。いくら第1側妃が囲い込んでいたとしても、兄である私がもし第3皇女の心に気付いていたらと後悔もした。結局、リリに背負わせてしまった」
「ええ、ボクは城に籠ると。死んだ事にしてくれていいと。そう言いながら泣いておられました」
「レピオス殿、心が締めつけられますな。あの事件を陛下から伺った時は……正直、犯人達は全員極刑だと思っていました。が、皇女殿下お二人は免れた。それもリリアス殿下のご意志だと聞きましたが?」
「はい、辺境伯様。陛下の前に、膝をついて泣きながら嘆願されました。周りの大人に恵まれなかったのだ、子供の未来を奪ってはいけないと」
「オクソール殿、3歳の幼児がですか……? 子供の未来を奪ってはいけないと仰られたのですか?」
「はい、アスラール殿。目の前で陛下に泣きながら訴えておられる殿下を、私は見ている事しかできませんでした」
「何という……!」
「父上……?」
「先にそれを知っていれば、オージンを怒鳴りつけてやったものを……! ああ、申し訳ない。私は陛下と同級で、つい学生の頃の様な呼び方をしてしまう」
「いや、今は私達だけだ」
「クーファル殿下、申し訳ない。もしまた殿下を悲しませる様な事があれば、私が殿下を引き取ると言ってやれば良かった。あいつは昔から事が深刻になるまで呑気にしている所があるから」
「そうですね……父は呑気なところがありますから。しかしリリは、あの事件以来城を出る事に躊躇するようになった。また一人になる、自分が動くと迷惑を掛けると思ってしまうらしい。しかし領主隊の皆のお陰で、賑やかに楽しくしている様だ。有難い事だ」
「私もそう思います。お二人には感謝致します」
「殿下、レピオス殿、とんでもない事です。殿下はあっという間に領主隊にも馴染まれた。皆、殿下の事は可愛いと思っています。私も小さい弟が出来た様で、殿下だと忘れてしまう時があります」
「クーファル殿下、オクソール殿、レピオス殿、アスラール。お守りせねばな」
「「「はい」」」
そんな事を話しているとは露知らず。俺は爆睡だった。目が覚めて、馬車の中にいたからビックリした位だ。
「殿下、おはようございます」
「……ん、ニルおはよう。あれ? ボク寝たの?」
「はい。オクソール様に抱かれて戻って来られましたよ」
「そっか……あれ? もう馬車出たの?」
身体を起こして周りを見る。もう動いてるじゃん。朝メシ食ってないよー。
「はい、殿下はよく寝ておられたので。シェフから朝食を預かってますよ。食べられますか?」
「うん! ニル、先にりんごジュースちょうだい」
「はい」
ニルがりんごジュースを出してくれる。両手でコップを持ってゴックゴク飲む。美味いぜ。
「昨夜は楽しかったですか?」
「うん! シェフが凄かった!」
「シェフ、何者なんでしょうね」
「騎士団の副団長だったらしいよ。兄さまが言ってた」
「副団長ですか……!? 」
「うん、ビックリだよね。いただきます……」
話しながら、ニルが食事を出してくれた。今日はサンドイッチだ。俺がいつ起きて食べるか分からないから、わざわざサンドイッチにしてくれたんだろうなぁ。と、感謝しながら食べよう。シェフのサンドイッチは野菜もたっぷり入っている。朝食に出たのであろう、トロふわオムレツが挟んである。マジ、トロふわじゃん。ハムハムとお口いっぱいにして食べる。美味いぜ。
「護衛でなく、何故シェフに……?」
「ね、ボクも同じ事を兄さまに聞いたよ」
「はぁ……訳が分かりません」
「アハハ、だよね。昨日の腕相撲だって、シェフ準優勝だよ」
「まあ! 優勝は誰ですか?」
「決まってるじゃん、オクだよ」
ハムが挟んであるのも食べよう。ちょっと厚めのハムを軽く焼いて挟んである。ジューシーだぜ。ウマウマだぜ。
「ああ……そうですね。リュカはどうだったんですか?」
「予選で負けたんだって」
「獣人なのにですか?」
「ハハハ! だよねー!」
「リュカはまだまだですね」
「リュカはくじ運も悪かったんだよ。いきなり、アラ殿の側近と当たったらしいよ」
「それでも、人間と獣人では元々の身体能力が違います」
「まあね……ごちそうさま、おいしかった」
と、ふと窓の外を見るとシェフがジッと見ていた。いや、そこまでするのはやめよう。ビックリするからさ。
俺は窓を開けて顔を少し出し、ブンブンと手を振った。
「シェーフー! おいしかったー! ありがとー!」
「はいっ! 殿下!!」
シェフ、いい笑顔だな! シェフはぶれないね。
馬車はまだまだ進む。先はまだ長い……のか?
帝都から辺境伯領まで馬車で約20日。ゆっくりのんびり行ったらな。
辺境伯の領主隊はこの距離を馬で14日で走り抜けるらしい。
ああ、そうそう。今の俺達の隊列を紹介しておこう。
先頭から、領主隊の内半分と、アラウィン・サウエル辺境伯と長男のアスラール・サウエル、その次に騎士団半分と辺境伯領魔術師団。
次は、フィオンの馬車。フィオンの専属護衛達、クーファルと側近のソール。
次が俺。俺の馬車の前後にオクとリュカ、他の護衛兵と何故かシェフ。
その後ろにレピオスや従者達の馬車。
そして最後尾に、アラウィンとアスラールの側近、騎士団残り半分と領主隊の残り半分。
結構な人数だ。クーファルも今回は馬だ。
何事もなく辺境伯領に到着したい。