52ーシェフの狩り
「殿下! お昼です!」
聞き慣れたシェフの声がする。
「シェフ! 付いて来てくれたの!?」
「勿論です! 殿下のお食事は私が作りませんと!」
「シェフー! ありがとう!」
「殿下、先にクリーンを」
「うん。ニル分かった」
『クリーン』
心の中で詠唱する。シュルンッと全身綺麗になって行く。
クリーンは使用魔力量がほんの少しなので誰でも手軽に使える魔法だ。意識すると、手だけとかも可能。魔力の少ない人でも使える汎用性の高い魔法だ。
また、魔力量次第では、家一軒丸ごとも可能。
2年前から父が衛生管理の一貫として広めていて、今では帝都民全員が日常的に使用している。お陰で食中毒の発生率がグンと低下した。素晴らしい。
組立式の簡易テーブルと椅子が出ている。ニルが椅子に座らせてくれる。
兵達は大きな簡易テーブルを並べた所に集まって、其々にもう食べ出している。
「殿下、大丈夫ですか? お疲れではありませんか?」
「うん、ニル。大丈夫だよ。楽しかった」
「さ、殿下。外ですので大したものは出来ませんが、具沢山スープとホットサンドイッチです」
「シェフありがとう」
「殿下、お飲み物は?」
「りんごジュースあるの?」
「はい、勿論ございます」
「じゃあ、りんごジュースおねがい」
「はい。畏まりました」
「んー、おいしいー。シェフ、おいしいよ!」
「有難うございます! 殿下!」
シェフのホットサンドも具沢山スープも絶品だぜ。俺はモグモグと食べる。相変わらず、ほっぺを膨らませて。
「殿下、りんごジュースです」
「ニル、ありがとう」
「殿下、午後からは馬車にお乗りになられますか?」
「うん。お昼寝するよ」
「畏まりました。馬車の中をご用意致しますね」
「ニル、ありがとう」
ニルと交替でリュカがやって来た。
「あれ? リュカもう食べたの?」
「はい、食べました。午後から殿下の馬車には、オクソール様と私が付きます」
「うん、おねがいね」
「馬は疲れませんでしたか?」
「うん、楽しかった」
「それは良かったです」
「シェフ、ごちそうさま。おいしかった」
「はい、殿下!」
シェフが片付けて去って行った。
「ねえリュカ。シェフて馬車だよね?」
「いいえ、騎士団に混じって馬ですよ」
ええー! シェフ何やってんのー!?
「大丈夫なの!? シェフだよ?」
「ハハハ……殿下。シェフは強いと言ったでしょう。騎士団の中に入っても強い方だと思いますよ。俺も未だに負けます」
えぇっ!? マジ!? ビックリ目になっちゃったぜ。
「なんでシェフやってんの!? 」
「さあ? 趣味なんじゃないですか?」
趣味ってかッ! そんな訳ないだろう?
「シェフは、殿下のお食事を作る事に生き甲斐を感じている様ですからね」
マジかよー! いいのかよー! そんな強い人材にシェフやらしていいのかよ!?
「はぁ〜……分かんない! シェフは本当に分かんない!」
「ハハハ、そうですね」
昼食後、俺は馬車に乗って速攻でおやすみさ。熟睡しちまったぜ。馬車なのにさ。
「……ふわ……ぁ……」
「お目覚めですか?」
「ニル……おはよう」
ニルが座席の背もたれをはずして、マットやクッションを沢山敷き詰めてくれていたのでちゃんと横になって熟睡できた。
俺達が乗っている、帝国の長距離移動用の馬車は特別仕様だ。座席の背もたれをはずして座面にくっつけられる様になっている。俺はまだチビだから片方だけで充分横になれる。
向かい合った両方の背もたれをはずして移動させれば、馬車の中が即席の簡易ベッドになる。大人でも横になれる。
異世界の馬車って、揺れや振動が酷いイメージがあるだろ? そう思わないか? でも、帝国の馬車はそんな事ないのさ。
なんでも初代が考案したんだそうだ。前世で言うスプリングに、タイヤのゴムの代わりに魔物の皮。
振動と摩擦を減らして、乗る人にも引く馬にも優しい馬車だ。お陰で余裕で昼寝ができる。まあ、道は悪いからね。多少は仕方ない。
「ニル、りんごジュースちょうだい」
「はい、殿下」
ニルが、馬車の中の小さい扉を開けて準備してくれる。ここにも特別仕様がある。馬車の中にいくつかある小さい扉の一つを開けると、氷属性を付与してある箱がはめ込んである。魔力を流すと簡易の冷蔵庫だ。これも、帝国初代皇帝の考案だそうだ。
「ねえ、ニル。フィオン姉さまは大丈夫そうかな?」
りんごジュースを両手で貰いながら聞く。
「はい、今の所は何も聞いてませんよ」
「そう。ニルも気をつけておいてね」
「承知しております」
出来れば、ご機嫌を損ねないままで辺境伯領に着いて欲しい。祈るわ。
と、思いながら馬車の外をボーッと見ていた。
あ、角兎だ。こんな所にもいるんだなぁ……
誰かが馬を走らせて行ったぞ。おー、あっと言う間に仕留めたよ。まあ、角兎だもんな。騎士団にとっては大した事ないか……て、あれ? シェフじゃね? マジか!? すっごい嬉しそうな笑顔だよ!
「ね! ねぇ! ニル! 今シェフが角兎を仕留めたんだけど!」
「ああ、はい」
「え? そんな感じなの?」
「そんな感じとは? 殿下」
「いや、だってシェフだよ? 強いと言ってもシェフだよ? なんで狩りなんかやってんの?」
「殿下はご存知なかったですか? シェフは結構自分で狩って調理していますよ? 別邸にいた時は、毎日嬉々として狩りに出ていましたよ」
「……!」
マジかよー! 空いた口が塞がんねーよー! シェフ本当わからん!
「そう……元気だね……」
言葉が見つからねーよー!