5巻発売記念SSーリリからの贈り物
リリがお休みをもらって辺境伯領に滞在していた頃のお話です。
これから城に帰るという時にリリは……
俺は今辺境伯邸の裏に来ている。俺が数日もらった夏休みで、この辺境伯邸に滞在していた。フィオンの子供、アウルースにどうしても会いたかったんだ。
この辺境伯邸の裏庭には、建国当初から5本の樹が並んでいる。
それらは『光の樹』と呼ばれ、代々大切に守られてきた。
初代皇帝と初代辺境伯との絆だと言い伝えられている。
俺が3歳の時に帝都の少し北側にある『光の大樹』に花を咲かせた時には、この『光の樹』にも同時に花が咲いたという。アウルースはその話がお気に入りらしくて、毎日見にきている樹だ。
俺はその『光の樹』を黙って見上げる。
「リリアス殿下、そろそろ戻られませんと」
「うん、オク。分かっているよ」
そろそろ城に戻る時間だから、オクソールが心配そうに声を掛けてきた。
この辺境伯家の地下にある転移門に、俺が魔力を流し転移して城へ戻る。
その転移門を修復したのも、俺自身だ。今日は俺が魔力を流して、全員を転移させる事になっている。
オクソールは一言声を掛けてきたが、それでもその場を動こうとしない俺を黙って見守ってくれている。
そこにゆっくりとやって来たのが、母であるエイル・ド・アーサヘイムだ。その後ろには、ニルの姿もあった。
ニルは心配そうな表情をしている。いつも一番近くにいるだけあって、俺の心境を痛いほど理解してくれているのだろう。
「リリ」
優しく声を掛けながら、俺の肩に手をやる母。
「母さま」
「あなたの気持ちを伝えたいのでしょう?」
俺の肩をそっと抱き寄せてくれる。よく分かっている。迷っているんだ。どうしようかと……。
「母さま……ボクは……」
「ええ」
「ずっとアウルやアーシャに笑っていてほしいんです」
「そうね」
「だから……」
「あなたの思うようにすれば良いわ」
「母さま」
良いのだろうか? 俺の個人的な感情で、行動してしまっても。
「構わないわ。母様が許します。誰にも何も言わせないわ」
「母さま」
母らしい。いつも俺の味方をしてくれる。いつも俺の背中を押してくれる。
「思い切りやっちゃいなさいな」
「ふふふ、はい」
俺は5本の樹の下に足を進める。決めた。俺からの贈り物だ。
俺が帰った後も笑っていて欲しい。
ずっと覚えていて欲しい。
俺と過ごしたほんの少しの時間だけど、楽しかったなぁと後で思い出して笑って欲しい。
そして、このまま素直に真っ直ぐに育ってほしい。
離れているけど、俺はいつも思っているよ。
そんな気持ちを込めて、俺は樹に手をやる。
立派な樹だ。建国当初からずっとこの辺境の地を見守ってきた樹だ。その幹に手をやり、ゆっくりと魔力を流す。
「リリアス殿下、何を……」
「オクソール、良いのよ。リリの好きにさせてあげてちょうだい」
「エイル様」
魔力を流し出すと、自分の体がポカポカしてくる。それでももっとと魔力を流す。5本の樹全部に魔力が行き渡る様にと思いながら。
「まあ……」
「リリアス殿下……」
後で母やオクソールとニルが言っていた。この時、俺の身体が仄かに発光していたらしい。きっと魔力を流し続けていた所為だろうと思う。
俺自身はポカポカする程度で、なんともなかったのだけど。三人に心配されちゃった。
魔力が順に樹に行き渡るのが分かる。それでも、もっともっとと魔力を流し続ける。すると、葉っぱの緑が綺麗な樹々の枝に小さな白い蕾が現れ出した。
フワリフワリと順に白い花が咲いていく。小さいけれど、枝一杯に咲き乱れる白い花。ピンク色ではないけれど、まるで前世の桜の花の様だ。
小さな白い花が咲き、フワリと優しい風が吹いた。
それを合図に俺は樹の幹から手を離す。
5本並んだ『光の樹』の緑の枝が、白い小さな花を一杯に咲かせている。それを俺は見上げる。
「素晴らしいわ」
「リリアス殿下の力はこんなにも……!」
「エイル様、殿下のお身体は大丈夫なのでしょうか?」
「ふふふ、ニルは心配性ね。きっと大丈夫よ。しっかりと立っているじゃない」
「でも。お身体が光っていませんでしたか?」
「そうね、ほんのりと光っていたわね」
「あれは、光属性の光なのですか?」
「ええ、オクソール。そうみたいだわ」
よし、これで良い。俺が城に帰った後に、気付いてくれるかな?
アウルならきっと気付いてくれるだろう。毎日この5本の樹を見に来ていたから。
俺は振り返り、見守ってくれていた母とオクソールとニルを見る。
「さあ、戻ろう」
「ふふふ、リリ。とっても素敵な贈り物だわ」
「母さま、そうですか?」
「ええ、これ以上の物はないわ。リリにしかできない贈り物ね」
「えへへ、ありがとうございます」
ニルが小走りに寄ってきた。
「殿下、お身体は平気ですか? この後も魔力を流して、転移門を起動させないといけませんのに」
「ニル、大丈夫だ。なんともないよ」
「母様も忘れないわ。リリが咲かせたこの花を。素晴らしいわ」
「母さま」
母が小さな花が咲きこぼれる5本の樹を見つめている。
「きっとあなたの気持ちは伝わるわ」
「はい」
一緒にユキに乗った。
いちご狩りもした。
海に潜ったり、ダンジョン攻略をしたりして心配かけちゃった。
一緒に運動会みたいな事もできた。
潮干狩りもやった。
一緒に眠った。
一緒に食べた。
一緒に笑った。
そんな事を覚えていて欲しい。
俺もずっと覚えているから。アウルの小さな手を、少し高めの体温を、お口いっぱいに頬張って食べる姿を、顔をくしゃくしゃにして泣く姿を、お日様の様な笑顔を、ずっと忘れない。覚えているよ。
「殿下! エイル様! そろそろお戻りください!」
リュカが知らせに走ってきた。その横にはユキもいる。
戻ろう。城ではきっと父やクーファルが心配して待ってくれている。
「リュカ! 今行くよ! 母さま、戻りましょう!」
「ええ」
母の手を取る。ふんわりと微笑む母。
さあ、皆で城に戻ろう。
俺のお休みは、こうして終わりを告げた。