433 番外編ーコッコちゃんに乗りたい
ここは辺境伯領。アーサヘイム帝国の南端であり要だ。この地にだけ大型の魔物が出没する。それを食い止め討伐して帝国内部にまで入り込まない様に日々領主隊が頑張ってくれているんだ。
その辺境伯の屋敷の裏庭には鶏舎や牛舎がある。どちらも鶏や牛がいる訳ではない。それによく似た魔物だ。
俺はそれに興味津々なんだ。
「殿下、また行くんスか?」
リュカが少し呆れているけど、今日も俺は鶏舎にいるコッコちゃんを見に行くんだ。コッコちゃんと呼んでいるのは俺だけだけどね。本当は何という魔物なのか忘れた。
「だって珍しいじゃん」
「毎日飽きないッスか?」
「なんで? 可愛いよ」
「え? 可愛いですか?」
「うん。ボクには野望があるんだ」
「野望ッスか?」
そうだよ、野望だよ。あの大きなコッコちゃん。普通の鶏の何倍あるんだろう?
「茶色で大きい方がホロホロヤケイで、肉が美味いです。白くて一回り小さいのが、レグコッコで、卵が美味いです。覚えてるッスか?」
覚えてないよ。ホロホロヤケイとレグコッコ。どっちでもいいんだけど。
「近寄ったら飛び蹴りされますよ」
「うん。気をつけるよ」
そう言いながら、俺はシレッと鶏舎に入ろうとする。
「殿下、聞いてましたか? 近寄ったら駄目ですって」
「でも近くで見たいじゃん」
リュカに止められ、鶏舎の前にいるとヒョコッと鶏舎から出てきた人物がいる。こんな時はそうだ。彼しかいない。
「おや、リリアス殿下。こんなところで、どうされました?」
手には卵の入った籠を持っている。そうだよ、彼だ。俺専属のシェフだ。
「シェフ、卵取ってたの?」
「はい。新鮮な卵は美味しいですからね」
「大きいね」
「はいッ! 帝都で使っている卵の何倍あるでしょうねッ! しかも、とっても濃厚で美味しいですッ」
直径15センチ程ありそうな大きな卵を、幾つも籠に入れて嬉しそうな顔をしている。シェフはこう見えて強いんだ。なんせ元騎士団副団長だからね。
「シェフは凄いね~」
「おや、そうですか?」
「うん、ボクは中に入らせてもらえないもん」
「殿下、入りたいのですか?」
「うん! コッコちゃんに触ってみたいんだ」
本当は触るだけじゃなくて、乗ってみたいんだけどね。
「コッコちゃん?」
「シェフ、殿下は何故かコッコちゃんと呼ばれるんですよ」
「ほう、コッコちゃんですか。入ってみますか?」
「いいの!?」
「シェフ、危険ッスから」
「リュカと私が見ていれば大丈夫でしょう」
「やったッ!」
やったね。先ずはコッコちゃんに慣れるところからだ。
「殿下、入る前にクリーンしてください」
「クリーン?」
「はい。なんでも人がコッコちゃんに悪いものを持って入らない様にだそうです。初代皇帝が決められたそうですよ」
「へぇ~、そんな事もあるんだ」
「建国当時は今ほど衛生環境が良くなかったのでしょうね」
「なるほど~」
そう言いながらクリーンをしてワクワクしながら鶏舎に入る。
「うわッ! 大っきいッ!」
「でしょう?」
近くで見ると余計に大きく感じる。だって俺はまだ5歳のちびっ子だ。
鶏舎の中に通路があってその両側に作られた柵の向こうにコッコちゃんが放し飼いにされている。
藁がこんもりと敷いてある場所に蹲っているコッコちゃんもいる。
「ほら、あの白いのは今卵を産もうとしてるのですよ」
「ひょ~、凄いねッ!」
「自分であの藁のところに行って産卵するんです。ですので、卵を回収する時はあの中に入ります」
「えッ、ちょっと怖い」
「そんな事ありませんよ。威圧で一発です」
おお、シェフは強いからだよ。だって俺の身長よりも大きいんだ。ちょっと圧倒されちゃうよ。
「ねえ、シェフ。ボクね実はコッコちゃんに乗ってみたいんだ」
「の、乗るのですかッ!?」
「うん、乗って走ってみたい」
「殿下、それは無理ッス!」
「リュカ、やってみないと分かんないじゃん」
「いやいや、殿下。魔物ッスよ」
「分かってるよ」
「そ、それは面白そうですねッ!」
シェフが目をキラキラさせている。ね、面白そうだよね。
「シェフ! 無理ッス!」
「リュカ、やってみないと分からないだろう?」
「シェフまで何言ってるんスか!」
「殿下、外に出すのは危険ですので鶏舎の中で試してみますか?」
「うん! 試したいッ!」
ほら、シェフがいて良かったよ。
「そうですね、白い方が若干大人しいので……」
そう言いながら、シェフが念入りに選んでくれる。そして、キュルンとした目の白色のコッコちゃんに近寄って行く。
「あれ? シェフ、見て。そこのコッコちゃん卵を抱えてるよ」
「おや、本当ですね。温めているのでしょうか?」
その時、そのコッコちゃんが動いた。モゾモゾとし出し、卵の上から体を起こしたんだ。
「あれ? どうしたのかな?」
俺は一歩近寄り見ようとした。
「殿下、あんまり近付いたら駄目ッス」
「だってリュカ、見たいよ」
「もしかして、孵化するのでしょうか?」
「え? シェフ本当?」
「はい。卵に亀裂が入ってます」
その卵、鶏の卵よりずっと大きくて白くない。鶉の卵の様に茶色で斑な模様が入っている。
その卵にパキパキッと亀裂が入り割れ出したんだ。しかも何個もだ。
「うわ、本当だ。産まれるよ!」
「マジッスか!?」
リュカまで近寄って見ようとする。
「リュカ、危険ですよ」
「あ、すんません。つい……」
パキッと割れた卵から淡い黄色の小さな嘴が見えた。
そのうち、内側から卵の殻を割り小さなまん丸の瞳をした雛がヨタヨタと出てきた。嘴が黄色でピンク色のつぶらな瞳、体は真っ白だ。
「え!? もう歩いてるよ!」
「さすが、魔物ッスね」
そんなものなのか? 魔物だからなのか?
「可愛いなぁ〜」
卵から孵ったばかりなのに、ピヨピヨと鳴きながらヨタヨタと歩く雛達。
と、目が合った様な気がしたんだ。
――ピヨ!
「え?」
「殿下、こっち来ますよ」
――ピヨピヨピヨ
お尻を振りながら、ヨタヨタと真っしぐらに俺に向かって歩いてくる雛達。
「あー、おいでー!」
俺は両手を出す。
その手に向かってピヨピヨピヨピヨ。
「うわ、かぁわいぃ〜!」
俺の足元に集まる雛達。親鶏はというと……雛が孵ってホッとしたのか? コクリコクリとうたた寝をしている。いいのか? それでいいのか?
「おいでー、行くよー」
――ピヨピヨピヨピヨ
「いやいや、殿下」
「アハハハ、殿下に懐きましたねッ!」
俺の歩く後を、ピヨピヨピヨピヨとついてくる。
雛達の行進だ。アハハハ!
「殿下、何をされているんですか……」
「リリは一体何を仕出かすのかと思ったら今度は雛かい」
ピヨピヨと鳴く雛を連れて歩く俺を見たクーファルとオクソールが呆れていた。
いいじゃん。可愛いんだもん。
ピヨピヨピヨピヨと、鳴きながらヨチヨチと歩く雛はとっても可愛かった。
結局、コッコちゃんに乗る野望は果たせなかったけど。まぁ、いいか。