番外編ー3.ユキは万能
「兄さま、このご遺体どうします?」
「リリ、それなんだよ。返したいんだけどね。ミスヘルク王国に行くにはノール河が渡れないから海から船で行くしかないんだよ。日数がかかるからご遺体が腐敗してしまうだろう?」
「クーファル、我が転移して向こうの貴族に返してくる事もできる」
「え? ユキ、向こう側の貴族を知っているのか?」
「ああ、面識がある」
「ユキ、詳しく教えてよ」
「ああ、リリ」
ユキはノール河対岸の地域を治めている貴族を知っていた。子供の頃から知っていたそうだ。
「幼い頃はヤンチャ坊主でな。しょっちゅう我に乗ろうと挑んできよった。そう簡単に乗せる訳がない」
へえ、そうなんだ。じゃあユキさん、今俺をいつでも乗せてくれるのは特別なのかな?
「リリは我の恩人であり、我の認めた主人だ」
ほうほう。なんか、カッコいいじゃんよ。ちょっと嬉しいじゃん。
「だが、奴が家督を継ぐ前に、もうあまり来れなくなると挨拶に来よった。それからは会ってないな。生きてはいるだろうが……反応が小さいな」
「ユキ、反応が小さいって……?」
「ああ、病にでも罹っておるのか。若しくは寿命か」
おいおい、大丈夫なのか? てか、ユキはそんな事まで分かるのか?
「クーファル殿下、リリアス殿下見て下さい」
所持品を調べていたアスラールが呼んだ。
アスラールがバラバラと広げた中には、呪詛が込められていただろうクリスタルの弾丸が小さな木箱に詰められて出てきた。
よっぽど大事に持っていたのだろう。3人が肩から斜めに掛けていたバックの底からしっかりと蓋がされてる木箱が出てきた。
普通は河を流されている間や、海に出た時点で流されてしまうだろうな。流されなくて良かった。俺達の把握できないところで呪詛が広がってしまうところだった。
「3人が1箱ずつ持っていたようですね」
「信じらんない……」
「ああ、リリ。これだけの弾丸に呪詛を込めようとしたら大変じゃないか?」
「クーファル殿下、想像もできませんね」
アスラールも呆れている。よくそんな事をしたもんだ。
「兄さま、ミスヘルク王国もあまり魔法は使えないと言ってませんでしたっけ?」
「ああ、リリ。その筈だ。しかし、実際に目の前にあるのだから」
「いや、クーファル。あの地域を治める貴族にはお抱え魔術師が何人かいた筈だ。帝国程の魔力を持つ者はいないが何人もの魔術士が何日も掛ければ不可能ではないだろう。だが……」
「ユキ、何?」
「いや、リリ。我が知っている対岸の貴族はそんな馬鹿な事をする様な人間ではなかったのだ」
「あら、そうなんだ」
「ああ。家督を継ぐからとわざわざ我に挨拶に来たと言ったろう。その時も、我の居場所は守ると言っておった」
「でも、ユキは狙われた。しかも、こんな手間をかけた弾丸で」
「リリ、そうだ。我が魔物を間引いてやっていたのだが」
何がしたかったのか、意味が分からん。魔物を間引いていたのなら、ユキがいなくなると困るんじゃないのか?
「殿下方、とにかく応接室に戻りましょう」
うん、そうだよ。いつまでもこんな場所にいたくないぜ。
アスラールが遺体に氷魔法をかけている。腐敗しないように冷やすんだ。
応接室に戻って一息つく。ちょっと気持ち悪かった。
「リリ、大丈夫か?」
「はい、兄さま。なんとか」
損傷が激しかったからな。ちょっとヤバかった。りんごジュースを飲もう。爽やかな美味しさが今の俺には必要だぜ。ふぅ……
「ユキ、それで向こうの貴族の様子を見てくるか?」
「ああ、クーファル。反応が小さいのも気に掛かる」
そっか。ユキはそんな事まで分かるなんてスゲーよな。
「我が先に行って話せるようなら話してくる」
「ユキ、大丈夫?」
「ああ。直接ヤツの部屋に転移する」
ユキさん、本当なんでも出来るのに、なのに撃たれちゃったんだ。
「ユキ、無茶したら駄目だからね。ちゃんと無事に帰ってきてよ」
「ああ、当然だ。今の我は無敵ぞ」
だから油断しちゃダメだよ。
俺達がユキと話している間に、アスラールがアラウィンに報告していた。
「ユキ、文を持って行けるか?」
「ああ」
「じゃあ、文を書くから少し待ってくれないか? 殿下、構いませんか?」
「ああ、辺境伯。もちろんだ。その方が向こうも理解が早いだろう」
ほんと、なんで撃たれちゃったんだろうね、ユキちゃん。詳しくは聞かないけどさ。
「リリ、そっとしておいてくれ」
「いいけど。ユキ、ホント無事に戻ってきてよ」
「ああ、もちろんだ」
さてさて、じゃあアラウィンのお手紙を持ってもらってユキさんにお願いしよう。
「ユキ、念話で逐一知らせてね」
「ああ、分かったぞ」
「じゃあ、ユキ。頼んだよ」
「クーファル、任せろ」
そう言ってユキはシュンッと転移して行った。
「リリ、しかしユキは万能だね」
「兄さま、そうですね。なのに本当、なんで撃たれちゃったのか」
「ああ。まったくだ。でも、ユキは言いたくなさそうだからそっとしておこうね」
「アハハハ、兄さまもそう思いますか?」
「ああ。ユキの尻尾がね」
「そうですね。下を向いて垂れてますもんね」
りんごジュースを飲みながらおやつを食べて少しゆっくりしていた時だった。
『リリ、困った事になっておる』
え? ユキ、どうしたの? もしかして病が重いとか?
『いや、そうではなくてだな。とにかく転移する』
「え? ユキ? 転移って?」
「リリ、どうした?」
「ユキが困った事になっていると言ってきて、とにかく転移して戻ってくるそうです」
と、話していたところにユキが戻ってきた。それも、対岸を治めているという貴族を連れて。ロマンスグレーの俺の祖父と言ってもいい年齢に見える。痩せてしまって頬がこけている。
「ユキ……」
「ユキ……それは不味い……」
マジだよ。クーファルが言う通りマズイよ。国境を越えちゃったじゃん。
「リリ、見てくれ。毒を盛られておるのだ」
「え? 毒なの!? とにかくソファーに」
ユキが連れてきた貴族を、オクソールとリュカでソファーに寝かせた。
『鑑定』
「ユキ、ヤバかったね」
その貴族はグッタリとしている。気力で意識を保っている様だが。
俺はしゃがんで目線を合わせ話しかける。
「ボクはこの帝国の第5皇子でリリアスと言います。不安でしょうが、回復魔法を使わせてもらいますね。解毒しないと危ない状況なので」
そう、説明すると気丈にもコクリと肯定の意を表してくれた。
「ありがとうございます。楽にしていて下さいね。アラ殿、休めるように部屋をお願いします。あと、レイリを呼んで下さい」
「はい、殿下」
アラウィンとアリンナ様が動いてくれる。