ヒポポが欲しい 2
一度、錬金術と言うものを扱ってみたかったのです。
教授は手のひらで、アラと名付けた小さな蜘蛛を遊ばせながら話を続けた。
「先程私は、『私のごく普通の魔力量では、この小さな蜘蛛で精一杯なのですよ』と、申しました」
「はい、先生」
「殿下は膨大な魔力量をお持ちです。殿下の魔力量に比べたら私の魔力量など小指の爪程でしょう」
いや、そんな自虐ネタはいいよ。
「殿下の魔力量ならヒポポタマスも夢ではないかも知れません」
「では、先生……」
「まあ、殿下。最後までお聞き下さい」
教授は俺に説明してくれた。いや、諭されたと言うべきか。
錬成獣は錬成した者の魔力に影響される。教授が前置きしたように、魔力量に比例して大きさや種類が変わるらしい事は分かっているそうだ。
だから、俺の魔力量だと大型のヒポポタマスでも可能であろうと推測される。
通常、錬成獣は魔石に術者の魔力で錬成した純水を混ぜたものをエネルギー源とするそうだ。俺はそんな事、全然知らなかったよ。
では、もし術者の魔力で錬成したものではない純水だとどうなるのか。
他の者の魔力だと食べないらしい。
錬成獣の寿命は未だに定かではない。普通の獣の寿命とはもちろん違う。では、術者が死亡した場合はどうなるのか? それも分かっていないのだそうだ。
しかし、錬金術で錬成されたといっても命に変わりはない。
「ですので、私個人の見解ですが、安易に手を出して良い分野ではないと考えております」
「では、先生はどうしてそのアラちゃんを?」
「若気の至りとでも申しますか」
え、マジ? そんな理由?
「あの頃の私は、詳しい事が分からないから手を出すのは駄目ではなく、分からないからこそ解明する為にもやるべきだと思っておりました」
なるほど。俺もそう思ったよ。
「しかし、いざアラちゃんを錬成しいつも一緒に生活しておりますと、普通に情が湧きます。錬成獣も自我がありますし、とても従順です。可愛くて仕方がなくなってしまいました」
良い事じゃん。俺だって、ユキさんが可愛いもん。
「私は専門外なのでよく知りませんが、蜘蛛には発声器官などはないと思うのです。しかし、アラちゃんは鳴くのです。体のどこかを使って音を出しているのかも知れませんが」
蜘蛛が鳴く……? それも知らなかった!
「意思疎通ができるのですよ」
なるほど。それが言いたかったんだ。
「殿下の元におられる神獣のユキですが、
何を食べてますか?」
「普通に厨房で色々もらって食べています」
「それだと良いのですが、錬成獣はそうはいきません。毎日毎日、日に何度も殿下自身の魔力で錬成した純水と魔石を与えないとなりません。ヒポポタマスの様に大型になると量もかなりのものでしょう」
「あー…… 」
「だからと言って、ずっとスクロールから出さないでいるのもかわいそうです」
なるほど。大変そうだ。
「その上、術者が死亡した場合はどうなるのかも分かっておりません」
「はい…… 」
「お分かりですか?」
「はい、先生。では錬成獣ではない普通のスクロールは、持ち主が死亡したらどうなのですか?」
「権限の問題になります」
なるほど。著作権の様なものか? 個人だけの物にするか、公にするか。
「ですが、錬成獣はそうはいきません。発現できたとしても、食べなくなります。殿下、想像してみて下さい」
あ……無理だ。自分が生み出して、自分と一緒に生きて、自分に従順でいてくれた錬成獣が食べる物がなく衰弱していくなんて。
「そうでなくても、ヒポポタマスの様な大型を維持するのは大変です。軽はずみに手を出して良い分野ではないと、お分かり頂けましたか?」
「はい、先生」
「では、殿下。他の科に変更されますか?」
「いえ、先生。ヒポポタマスは諦めました。しかし、錬金術を諦める事はしません」
「そうですか」
「はい。錬金術は医療の分野でも活かせる筈です」
例えば、個人のオーダーメイドの薬や、補助具等はできると思うんだ。
「なるほど。殿下はレピオス殿とお知り合いでしたかな?」
「はい。僕が3歳の頃から師事してます」
「3歳ですか?」
「はい。僕の3歳の時の事件をご存知ですか?」
「ええ、もちろんです。殿下にも、あの当時の皇女殿下にも非常に不幸な出来事でした」
ああ、皇女殿下にもと言ってくれる人がいるのか。救われるよ。
「あの時に、僕の処置をしたのがレピオスです」
「そうでしたか。彼は優秀な医師です」
「僕は、レピオスに命とは、医療とはを教わりました。役に立つのが分かっているのです。諦めるわけにはいきません」
「なるほど。よく理解しました。では、殿下。頑張りなさいませ」
「はい、頑張ります! 先生、ありがとうございました」
「いえ。担当教授として当然の事をしたまでです」
ちょっと変わった教授だと言われていた人だが、俺にとっては良い先生だった。
蜘蛛のアラちゃんは、どうなったのだろう?
アカデミー時代の良い思い出だ。
錬金術ではないが、後日談がある。
どうしても、ヒポポタマスを諦められなかった俺は錬成獣が駄目なら神獣はどうだ? と、ヒポポタマスの神獣を探しにユキと一緒に旅に出ようとした。
いそいそと準備をしていたら、クーファルにバレて叱られた。
「そんなに乗りたいなら、ずっとユキに乗ってなさい!」
と、カミナリを落とされた。
その事が、ルーにバレた。ルーはお腹を抱えて大爆笑していた。
「リリ、お前は本当に突拍子もないな!」
なんて、言いながら笑ってた。
もちろん、ユキには乗るけど違うんだよなぁ。クーファル、分からないかなぁ。
夢だよ。ロマンだよ。ヒポポタマス、乗ってみたかったぜ。
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