387ー思い出
「リリ、リリ」
「ん……フォルセ兄上」
「大丈夫? うなされていたよ」
「はい……夢を見ていました。昔の夢を」
「凄い汗だ。メリル、リリの汗を」
「はい」
メリルはニルの娘だ。ニルは俺に長く仕えてくれていたが、引退して娘のメリルが仕えてくれている。親子で俺の一生に関わってくれた。
「リリアス殿下、着替えられますか?」
「ああ。メリル、有難う」
長い夢を見ていた。また昔の夢だった。
「メリル、りんごジュースをくれないか」
「はい、殿下」
「アハハ、リリはずっとりんごジュースだね」
「フォルセ兄上、りんごジュースは美味しいです」
「そうだ、リリ。昔と言えば覚えてる?
ほら、イズーナ姉上に会いに行った事だよ」
「ああ、あの時は驚きました。それに、黙ってフォルセ兄上と行ったから、クーファル兄上にこっ酷く叱られましたね」
「そうそう。兄上、怖かった。でも、まさかイズーナ姉上のいる教会に入っていたなんてさ」
俺が、アカデミーに入ったばかりの頃だ。フォルセと2人で、思い切ってイズーナに会いに行ったんだ。
ずっと気になっていたからな。
俺を湖に突き落とした、フォランのいる教会は面会が出来ない。
だから、せめて帝都の教会にいるイズーナに会いに行った。
そしたら、ケイアが同じ教会にいたんだ。
クーファルから、その後回復して教会に身を寄せて罪を償っているとは聞いていたが。
まさか、イズーナと同じ教会にいるとは思わなかった。
但し、ケイアは罪を償う意味もあった。
だから、イズーナはシスターだが、ケイアは教会で下働きをしていた。15年の労働だ。その間は、教会から外に出る事は出来ない。
ケイアが辺境伯領で起こした事件に対して、15年は短いのかも知れない。しかし、刺された当の辺境伯夫人がケイアの減刑を訴えていた。
事件を起こした時は、精神が普通ではなかった事もあり専門の施設に入っていたが、俺が会った時は元気に働いていた。
「リリアス殿下、またお目に掛かれるとは思っていませんでした。心から感謝しております。あの時、殿下がおられなかったら私はとっくに死んでいました。殿下が「待ってるよ」と仰って下さった事が私の支えになりました。有難う御座います」
「ケイア、よく頑張ったね。嬉しいよ。本当に嬉しい」
驚いたのと、嬉しいのとで俺は泣きそうだった。
イズーナも元気そうだった。
俺やフォルセが姉上と呼んでも、イズーナは子供の頃の様には呼んでくれなかった。仕方のない事だ。
「私はあの時に皇族ではなくなりましたから。ただの平民です。どうか、もう姉上などとお呼びになりませんよう」
と、言われてしまった。でもな。
「でも、殿下方にお会い出来て嬉しく思います。お二人共、お変わりない様で安心致しました。リリアス殿下は立派に成長されました。本当に、嬉しく思います」
イズーナが柔らかく微笑んでくれた。
小さな頃の記憶には、イズーナの微笑む顔はなかった。いつも、強張った様な表情をしていた。城にいた頃、イズーナはどんな気持ちで過ごしていたのだろう。
今は穏やかに微笑んでいる。良かったのだろうと思う。
「うん。リリ、思い切って来てみて良かったね」
「はい、フォルセ兄上」
そうして、フォルセと2人で満足して城に帰ってきたら、クーファルが仁王立ちをして待っていたんだ。
「あの時のクーファル兄上は怖かった。リリなんて逃げ出そうとしたから、余計に叱られていたね」
「フフフ、そうでした。また2人か! て、叱られました」
フォルセは本当に婚姻しなかった。
だからと言う訳でもないが、2人で色んな事をしてクーファルによく叱られた。
「懐かしい……楽しかった……」
「リリ……? また寝たのかな?
メリル、どうなの? ずっと寝ているのか?」
「はい。起きておられる時間の方が短くなってきました」
「そうか。リリ、まだ早いよ。元気になって」
俺は、55歳になった。
向こうで事故にあった時と同じ歳だ。そして、初代皇帝が亡くなった歳だ。
俺はもうベッドから起きられなくなっていた。
どうやら、この世界での俺の役目は終わったらしい。
この世界での父は、俺が35歳の時に逝った。65歳でフレイに譲位し、晩年は皇后と2人でのんびりと隠居生活をしていた。
皇后は、父が逝った翌年に後を追う様に静かに逝った。
俺は、8人兄弟の末っ子だからな。父が逝った時は早過ぎると思ったよ。
俺と一緒にボランティアをしていた母は、俺が52歳の時に逝った。この母だったから、俺はこうして育ったんだろうと思う。
俺を庇って、実家に帰るとまで言ってくれた母だ。最後まで、母は勝ち気だった。俺を愛してくれた。
俺の心の友だったレピオスも、戦うシェフももういない。
5歳の頃から可愛がってくれた、辺境伯アラウィンも夫人も、ニルズもテティもいない。
オクソールとリュカも引退して、今はリュカの息子が護衛に付いてくれている。
オクソールの息子は騎士団長だ。
フレイも息子に譲位して、今はシャルフローラと2人で気ままに過ごしている。
アンシャーリは、あんなにお転婆さんだったのに今やどこから見ても上品なご婦人になっている。
そうだ、アウルースが辺境伯を継いだんだ。もうすぐ初孫が産まれるそうだ。
アウルースにはまだ何も話していない。もう時間がないのに、俺はまだ迷っている。もう、今更とも思ってしまう。
ああ、まだ眠いなぁ。この世界も悪くなかったさ。俺は本当に恵まれていた。幸せだった。
だからな、アウルース。お前にもそう思って欲しいんだ。幸せだと思って欲しいんだ。
「リリ……リリ」
「ルー……ごめん。とても……眠いんだ……」
「ユキ!」
「ああ! 分かった!」
ユキが、ブワンと光って消えた。
ユキが転移した先は辺境伯アウルースの元だった。
アウルースの目の前に、光と共にユキが現れた。
「アウル!」
「ユキ、どうしたんだ!? 転移してきたのか? まさか……!」
「もう時がない」
「ユキ、連れて行ってくれ!」
また、ブワンと光りユキがアウルースを連れて消えた。