372ーリリの思い
目が覚めたら、ベッドの側にクーファルがいた。
ああ、心配掛けてしまったんだな。クーファルのこんな顔は初めて見る。
聞きたいけど聞けない。だが、俺の事が心配で仕方がない。そんな顔だ。
寝ていないのか? 目の下に少しクマができている。イケメンが台無しだ。ああ、申し訳ない。兄さん、心配かけてごめん。
でも、クーファル。すまないな、言えないんだ。だから、いつも通りにだ。いつも通りに起き上がってニルに言う。
「ニル、りんごジュースちょうだい!」
「はい! リリアス殿下!」
ニルも、いつも通りに応えてくれる。
クーファルの張り詰めた雰囲気が少しだけ和らいだ。
大丈夫だ。クーファルは聡い。俺の態度を見て察してくれる筈だ。
俺がベッドから出て、ソファーに座るとクーファルも向かい合わせに座った。
「リリは疲れて寝てしまったんだよ。みんな、心配していた」
ほら、大丈夫だ。絶対の安心感だ。さすが、クーファルだ。
俺のこの世界での兄だ。大好きで尊敬する兄だ。
俺は、また秘密を持ってしまった。
最初は3歳の時だ。この世界で前世を思い出した事。
そんな突拍子もない事、誰にも言えないし信じてもらえないだろう。いや、クーファルや家族なら信じてくれたかも知れない。
だが、俺は言わない事を選択した。それが、最初の秘密だ。
そして、昨日。また一つ秘密を持ってしまった。
ルーは割り切れと言う。言えない事なんだと。俺も、今更話してもと思う。
だが、昨日は心配かけてしまった。クーファルだけでなく、みんなにだ。
だから、俺は今日も普通にしているんだ。何もなかったかの様に。いつも通りにだ。
「シェフー! お腹すいたー!」
「はい! 殿下!」
「え? 何だ? 居たのか?」
「ね、兄さま。居たでしょう?」
「アハハハ。リリのシェフは凄いね!」
「はい! 自慢のシェフです!」
クーファル、すまない。有難う。甘えさせてくれ。頼りになる兄貴だ。
遅い昼食を食べて、宿屋の1階に下りて行くとルドニークがいた。
「殿下! 大丈夫ですか! 心配しました! もう、寝落ちしてしまうまで無理しないで下さいよ!」
ああ、心配かけたな。
「ルドニーク、ごめんね。心配かけちゃった」
「いえ。よく寝ましたか?」
「うん。もうスッキリだよ」
「良かったです!」
「ルドニーク、仕事は? ここにいてもいいの?」
「殿下、秘密です。俺は今日ここにはいません」
ルドニークは、シーッと口の前で人差し指を立てながら戯けて言う。
「なんだよ、それ!」
「アハハハ! じゃ、鉱山に戻ります!」
ルドニークは、手を振りながら出て行った。
俺が起きるのを待っていてくれたのか?本当に、心配掛けてごめんな。有難うよ。
「殿下、やっと起きられましたか」
「レピオス、よく寝たよ」
「アハハハ、もう昼も過ぎてますからな」
「うん。ごめんね、心配かけちゃった」
「いえいえ。そんな事は気になさる必要はありません。殿下がお元気でおられる事が1番ですからな」
「レピオス、有難う」
「外に採取してきた薬草を少し並べております。見られませんか?」
「見たい。珍しいのがあった?」
「はい。なかなかの収穫ですよ」
レピオス、有難う。俺は、レピオスと一緒に宿屋を出る。
「殿下!」
「リリアス殿下!」
リュカとラルクが走ってきた。
「もう宜しいのですか?」
心配そうなラルク。
「殿下、寝過ぎですよ!」
ニカッと笑うリュカ。
アハハハ、ラルク、リュカ有難う。
「うん、めちゃ寝ちゃった!」
二人は手に木刀を持っている。打ち合いでもしていたのだろう。
「殿下、裏にまわります」
「うん、レピオス」
レピオスの後を皆でついて行く。
「おや、リリアス殿下。起きられましたか。体調はどうです?」
「オク、有難う。大丈夫。元気だよ」
「そうですか。では、殿下も一緒に如何ですか。一つ鍛練でも」
いやいや、オクソール。一つ鍛練でも……て言い方はどうよ? 一つお茶でもみたいな感じじゃねーか。
「オクソール様、鍛練は流石に止めておきましょう」
「レピオス殿、そうですか?」
「はい。オクソール様の鍛練は普通ではありませんから」
うんうん。レピオス、よく分かってるね。
「そうでしょうか? 普通ですが?」
どこがだよ! 俺、未だに半分死ぬんだぜ? 普通じゃねーよ!
「殿下、見て下さい。立派な薬草でしょう?」
レピオスは宿屋の裏庭に、丁寧に薬草を並べて干していた。
「おお、本当に立派だね。レピオス、でも干しちゃって良いの?」
「まあ、これは採取してきた一部です。後はシャルフローラ様用にマジックバッグに入れてあります。根ごと採取してくる様に言われてますからな」
あー、シャルフローラはまた城で育てるつもりだな。
「じゃあ、沢山採取したんだね」
「はい。採取されていたご婦人方が親切に教えて下さいまして、かなりの量を採取できました」
「それは良かった。あ、レピオスこれ毒薬になるんでしょ?」
俺は一つの薬草を指して聞いた。
「はい。しかし、適量だと良い鎮痛剤になりますから」
「ああ、そっか。なんでもそうだね。適量だ」
「はい。そうです」
宿屋の裏庭で、ラルクとリュカがまた打ち合いを始めた。オクソールの指導する声と、木刀の打ち合う音が響く。
「おや、鍛練ですか」
シェフも音を聞きつけてやってきた。
「リーム殿、一緒にどうです?」
「いいですね〜、オクソール様がお相手して下さるのですか?」
「私で宜しければ」
「有難いですね」
オクソールとシェフも、打ち合いを始めた。もう脳筋だね。俺はレピオスと大人しく薬草を眺めているよ。
ああ、平和な日々に戻ってきた。俺はこの世界では異端かも知れない。
だが、俺にも意志がある。気持ちがある。だからな、初代皇帝さんよ。俺は俺でやっていくよ。
ちゃんと、この世界で生きていくさ。初代皇帝が気に病む必要なんかないぜ。どうしようもない事なんだ。
だからな、申し訳ないと思うよりも応援してくれ。俺が死んだら会おうぜ。
俺は3歳の時に実の姉に湖に突き落とされた。その時に前世を思い出した。
俺は、55歳の小児科医。愛妻と二人の息子がいたどこにでもいるおっさんだった。
そんな俺が、この世界で帝国の第5皇子として転生した。
ピカピカのグリーンブロンドのふんわりした髪に翡翠色の瞳。55歳のおっさんには無理ゲーもいいとこだ。
そんな俺も10歳になった。兄達や家族、俺に仕えてくれる人達、沢山の人達に出会った。
中身がおっさんの俺も、この世界に馴染んで平和に生活していた。
そんな時に見つけた洞窟だ。ルーが言うには、まるで誘導されたかの様だったそうだ。
3歳の時に前世を思い出した事。そして、この洞窟の中での出来事が、この世界での俺の人生の重要な出来事になった。
この先、この世界で生きて行く俺の覚悟を決めさせられた出来事だった。