358ーテュールの婚約 3
テュールがダンジョンを攻略したと言う噂も少し落ち着き、そろそろ卒業後の進路を決めなければならない時期だったそうだ。
その確認の為、順に担当教師に呼ばれる。普段授業を受けている校舎から、教師陣が待機しているアカデミーの管理棟へは花や植木で整備された小径で繋がっている。
ある日、テュールとフォルセが、その管理棟へと続く小径の傍にあるベンチに座って、空をボ〜ッと眺めているエウリアー嬢を見つけた。
「あれ? テュール兄様、あれ……」
「ん? エウリアー嬢か?」
「うん。何か思い詰めてない?」
「そうか?」
「もう! テュール兄様は本当に鈍感だよね」
「フォルセ、そんなにか?」
「うん。フレイ兄上とよく似てるよ」
「フォルセ、フレイ兄上はカッコいいだろう」
「そんな事を言ってるんじゃないの。もう、ちょっと話しかけてきてあげたら?」
「俺がか?」
「僕が行っても仕方ないでしょ?」
「どうして?」
「あーもう、いいから。ほら」
フォルセに背中を押されて、テュールが渋々エウリアー嬢に近付いて行く。
「エウリアー嬢」
「テュール殿下、どうされました?」
「いや、まぁ。アカデミーに進学してからあまり顔を合わせなくなったな」
「そうですわね。私は騎士アカデミーではありませんから。あ……申し訳ありません」
「え? いや。謝らなくて良い」
「……殿下はもう卒業後の事はお決めになられているのですか?」
「ああ。俺は兄上達と同じだ。将来的には第3騎士団を任される。その前に数年だが、一騎士として騎士団に入る」
「騎士団に入られるのですか? フレイ殿下やクーファル殿下は直ぐに率いておられたと思いますが?」
「俺は兄上達の様な才能はないからな。率いる前に数年だけでも入団したいと申し出たんだ」
「そんな……ダンジョンを攻略までされたのに、才能がないなんて」
「アハハハ、知っていたのか。あれはリリとフレイ兄上がいたからだ。それに、オクソールやリリの護衛もいた。俺など、大して役に立っていないさ」
「テュール殿下がですか?」
「ああ。もしかしたら、リリの方が強いかも知れないしな。アハハハ」
「……リリアス殿下ですか? まだお小さいのでは?」
「ああ、10歳だ。だが、リリは凄い。何に対してもだ。飛び抜けている」
「……なのに殿下は笑っておられるのですね」
「ん? 俺がどう足掻いてもリリには敵わないからな。笑うしかないさ。それに、そんな事よりもリリは可愛い俺の弟だ。リリは確かに強いが、まだまだ俺達が守ってやらないと」
「私も……」
「ん? どうした?」
「いえ。殿下、幼い頃の事を覚えておられますか?」
「ああ、もちろんだ。あの頃は何も考えていなかった。走って遊んで楽しかったな」
「はい。私も殿下と遊んでいた頃はとても楽しかったです」
「テュール殿下! テュール殿下!」
「あー、ノアだ。すまない、もう行かないと」
「いえ、お話しできて良かったですわ」
「ああ、俺もだ。あの頃の様にはいかないだろうが、偶には城に来るといい。リリを紹介するよ」
「有難うございます」
テュールはノアが待つ方へ走って行った。
「あの時にね、ノアが邪魔しなきゃもう少し話せたんだ」
「え? フォルセ殿下、私ですか?」
「そうだよ。ノアは無自覚だからね。よく邪魔をしていたんだよ」
あれれ。いつの間にか兄弟が揃っているぞ。ニルが皆にお茶を出していた。
「リリ、転移で戻って来たんだってな」
「フレイ兄さま、そうなんです。本当に迷惑ですよ」
「アハハハ。父上、迷惑だそうですよ」
「フレイ、リリとフォルセが冷たいんだ」
「父上、仕方ないです。こんな用事で帰って来いなんて」
「テュール兄さま、おめでとうございます! ビックリしました!」
「リリ、有難う。俺もビックリしてるよ」
「本当だよ。あの叔祖母様の孫娘なんて。僕は絶対に無理だね」
「フォルセ、それは令嬢が無理なんじゃなくて、叔祖母様が無理なんだろう?」
「フレイ兄上、決まってるじゃないですか。僕はあの叔祖母様は無理です」
そう言ってフォルセは両手の人差し指で小さなバツを作る。可愛いぜ。
「私もだ」
「あー、私も」
「え? じゃあボクも?」
「フレイ兄上、クーファル兄上、リリが真似するじゃないですか」
「テュール、無理なものは無理だ。まあ、お前は頑張れ」
「フレイ兄上。俺も苦手ですよ。でも、俺が叔祖母様の家に入る訳ではありませんから」
なるほどね。兄弟みんな叔祖母様は苦手だと言う事は確定だ。
テュールと令嬢は、幼い頃は仲良くしていたのに、そんな関係が変わって行ったのもその叔祖母様の存在があったかららしい。
令嬢なのに、剣なんて持っているから勉学でも負けるんだ。
令嬢なのに、何をしているんだ。
他の御令嬢はもう婚約者を見つけているのに、情けない。
そんな事を言われ続けていたらしい。
「何ですか、それは! 意地の悪い」
「ねー! リリもそう思うよねー!」
フォルセ、気づかなかったけどクッキーめちゃ食べてるね?
「だって、リリのシェフが作るクッキーはとっても美味しいの!」
「そうなのか? ニル、私も欲しい。」
「はい、フレイ殿下」
なんだよ、なんだよ。シェフのクッキー大人気だな。
「フォルセ兄さま、それで?」
「それでね、こっちは叔祖母様にそんな事を言われてるって知らないじゃない? だからね、テュール兄様に突っ掛かってくる様になって僕は距離をとったの。だって見ていて気分の良いものじゃないからね。
でもさ、テュール兄様は何を言われても笑ってるんだよ」
そうなのか? テュールは優しいんだな。
「リリ、違うよ。テュール兄様は鈍感なの」
「フォルセ、酷いな」
「だって、テュール兄様そうじゃない」
フォルセ、厳しいぞ。
「リリ、本当にテュール兄様は鈍いの。他の令嬢に言い寄られていても、全然気付かないの。こう、令嬢にお胸をグイグイ押し付けられても気付かないの。本当、鈍いの」
と、俺の腕にしがみつき自分の胸を押し付ける。おいおい、酷いな。令嬢も令嬢だな。
「それでね……」
フォルセが続ける。テュールに令嬢がどれだけ突っ掛かっていたかだ。
上2人の兄と同じ様に、テュールも高等部在学中は学年トップの成績だった。
そして、令嬢はいつも2位だった。きっと、次こそは1位になるんだと勉強していたのだろう。いや、次こそは1位になれと叔祖母様から言われていたのかも知れない。とにかく、在学中はこの2人がいつも1位と2位だったそうだ。
「フレイ殿下もクーファル殿下もいつもトップでしたから、当たり前ですわ」
「私が抜かして1番になってしまうと立場がありませんものね」
「剣術も出来るのに、嫌味ですか?」
などなど。言って来ていたらしい。しかし、それって言い掛かりとか突っ掛かると言うよりもだ。俺には負け惜しみにしか聞こえないぞ。
「うん。僕もそう思う」
なんだ、フォルセも分かっていたのか。