351ーエルツ
翌朝、俺は早速クーファルに聞いてみた。
「兄さま、おはよう御座います」
「リリ、おはよう。どうした?」
「兄さま、リュカが気にしていたのですが……」
「リュカが? 何かな?」
俺は説明した。昨日、鉱山を案内してくれたエルツ。もしかして、狼獣人ではないかと。クーファルは知っていたかと。聞いてみた。
「いや、私は知らなかった。リュカがそう言うなら、そうなのかも知れないな。伯爵に確認してみよう」
クーファルも知らなかったか。それを、伯爵に聞いても良いのか? もしかして、隠していたらどうするよ。
「リリ、どっちにしろ聞いてみよう」
「はい、兄さま」
クーファルと一緒に食堂へ行く。
「殿下、おはよう御座います。よく眠れましたでしょうか?」
「ああ。ぐっすりと休めたよ。伯爵、確認したい事があるのだが」
「確認ですか。何でしょう?」
クーファルはストレートに聞いた。エルツはもしかして狼獣人ではないかと。
「狼獣人……申し訳ありません。私は存じませんでした。エルツが……」
「彼はいつから鉱山で?」
「そうですね、10年程前からでしょうか。採用したのはビリューザ子爵です。
細かい事は彼に任せておりますので。子爵なら知っているかもしれません。聞いてみられますか?」
「ああ、頼めるかな? 出来れば私達が直接話を聞きたいのだが」
「では、今日も鉱山に参りますか? 昨日の事務所にいる筈です」
「ああ、頼む」
朝食を食べてから、また鉱山に向かう事になった。
「兄さま、もし隠していたのならどうなるのでしょう? 辞めさせられたりするのですか?」
「リリ、それはないよ。だが、この近辺に狼獣人の村はなかった筈だ。私が知らないと言う事は、城でも把握していないと言う事だ。もしも、村単位で暮らしているのだとしたら、状況を確認しておかなければね。狼獣人でも人間でも帝国で暮らしている限りは、帝国民だ。暮らしぶりを確認しなければ」
「兄さま、それはどう言う事ですか?」
「リリも知っている様に、狼獣人は少ない。それ故に、狙われやすい。だから、隠れているのかも知れない。しかし、どの様な暮らしをしているのかだ。不当な扱いを受けて、逃げて辿り着いた地がここだとしたら? 色々、確認しないとね」
そうか。保護すべきかどうかと言う事かな? リュカが気付いたと言う事は、エルツもリュカが狼獣人だと気付いている可能性もある。そこは、どうなんだ?
色々考えているうちに、鉱山に着いた。昨日の事務所に通される。
「伯爵、殿下方、どうされましたか?」
「ビリューザ子爵、確認したい事があってね。人払いできるか?」
「はい、クーファル殿下。では、あちらの部屋へどうぞ」
俺達は隣の部屋に移動した。会議室の様な部屋だ。ビスマス伯爵、ビリューザ子爵、クーファルに俺、ソール、リュカ、ラルクが部屋に入った。
「ビリューザ子爵、今日はエルツはどうしている?」
「クーファル殿下、エルツですか? いつも通り、朝から鉱山に入っておりますが?」
「そうか。ビリューザ子爵は知っていたのか?」
「何がでしょう?」
「彼は、もしかして狼獣人ではないか?」
「え? 狼獣人ですか? いえ、まさか。存じませんでしたが……そうなのですか?」
「いや、まだそうではないかと言う程度なのだが。仕事中にすまないが、エルツと話せるかな?」
「はい、クーファル殿下。では呼んで参ります」
子爵はそう言うと自ら鉱山へ入って行った。
「リュカ、リュカの事を話しても良いの?」
「リリアス殿下、もちろん構いません」
そうか。どうなんだろう。しかし、リュカが間違わないだろうしな。
「お待たせ致しました」
「失礼致します。お呼びですか?」
子爵と一緒にエルツが部屋に入ってきた。
「エルツ、仕事中にすまないね。座ってくれないか。聞きたい事があって来てもらったんだ」
「はい、クーファル殿下。失礼致します。何でしょう?」
エルツは躊躇しながら座り、不安気な顔をしてクーファルを見ている。
「単刀直入に聞くが、君はもしかして狼獣人なのか?」
「……どうしてその様な事を?」
「リリ」
「はい、兄さま。リュカ」
俺は、リュカを側に呼ぶ。
「ボクの従者兼護衛のリュカだ。彼は狼獣人の純血種なんだ。リュカが、エルツは狼獣人ではないかと気付いたんだ。
エルツ、何も無理矢理何かをさせようとしているのではないんだ。ただ、君も知っているだろうけど狼獣人は少ない。どんな状況なのか把握しておきたいだけなんだ。どうかな?」
エルツは驚いた表情でリュカを見ている。
「私はミーミユ湖近くの村の狼獣人です。7年前に、リリアス殿下に命を助けて頂きました。それから、無理を聞いて頂いて殿下にお仕えしています。
もしも、同じ狼獣人なら困っていないか、ちゃんと暮らしているのか、他にもいるのかを聞きたいのです」
リュカの話を聞いて、益々驚いている。それからエルツはポツポツと話し出した。
「……私は……仰る通り狼獣人です。でも純血種ではありません」
なんと、エルツはあの北の山脈を越えて帝国に来たそうだ。信じられない。越えられるものなのか?
リュカを見ると、首を横に振っている。そうだよな、普通は無理だよな。
エルツも、命懸けだったそうだ。山脈の向こう側の国、ニヴァーナ神皇国から逃げて来た。
以前、クーファルから少しだけ聞いた事がある。
ニヴァーナ神皇国。帝国程ではないが、魔法が使える人間の国。魔法が使えるのは、自分達が神の子孫だからと信じられている、殆ど鎖国状態の国だと聞いた。
そんな国だから、獣人に対しての差別意識が強い。獣人だとバレたら、即奴隷行きなんだそうだ。
エルツは、ひょんな事から耳を出してしまった。それで、獣人だとバレて追われる事になり、奥さんと一緒に死を覚悟して山脈を超えて来たと話した。
「そんな……よく生きて辿り着いた。良かったよ」
「リリアス殿下……良かったと言って下さるのですか?」
「当たり前じゃない。エルツ、ここは帝国だ。多種族多民族国家だ。獣人だって、帝国民なんだ。ボク達は帝国民を守る責任がある。何より、生きて辿り着いて本当に良かった」
「リリアス殿下……有難う御座います」
「じゃあ、君と奥さんと2人なのか?」
クーファルが聞いた。