345ーハルコス
後で知った事だが、領地の宿屋で捕らえられたルーペス・ペブルス伯爵家長男とアレーナ・ザントス男爵令嬢。
イルマルの姉、ルティーナ・ロウエルに愛人になれと押し掛けて来た日からずっと二人で宿屋にしけ込んでいたらしい。
しかも、騎士団が踏み込んだ時は真っ昼間だと言うのに、事の真っ最中だったらしく騎士団もドン引きだったとか。
欲に溺れてしまったんだな。と、言うかこの世界では貴族の婚前交渉に関しては厳しい筈なんだよ。
イルマルとセルジャンが男爵令嬢の元同級生に話を聞いた時に、散々だったと言っていたのはこんな意味もあったのかも知れない。
ヤダね、ヤダヤダ。本当、ヤダね。
いや、俺は別に潔癖とかじゃないしお堅い訳でもないけどさ。昼間っから宿屋に篭って、てどうなの? て、感じさ。
「リリアス殿下! ご無事で! イルマル、セルジャン! 無事で良かった!」
ロウエル伯爵邸に到着したら、伯爵自身が出迎えてくれた。あら、心配掛けちゃったかな?
「伯爵、ありがとう。心配かけました」
「いえ! いいえ! とんでもございません! ご無事で何よりです! さあ、さあ、中へ!」
伯爵に促されて、邸に入る。
「殿下、おかえりなさいませ」
「ニル、ただいま。ね、レピオスが来てくれたんだ」
「まあ、レピオス様。わざわざ」
「ニル殿、来てしまいました」
「殿下、良かったですね」
「うん、ニル」
そうなんだよ、そうなんだよ。レピオスがいると俺はホッとするんだよ。
「殿下の心の友でしたか?」
「ニル、止めて」
「アハハハ、照れますなぁ」
もう、恥ずかしいから止めてくれ。
「殿下、此度は息子達をお助け頂いて有難うございました」
ロウエル伯爵と夫人に頭を下げられた。
「いえ、そんな。助けたなんて」
「殿下、僕達は助けて頂きましたよ。あの襲撃された時、殿下方がいらっしゃらなかったらキースの村はどうなっていたか分かりません」
「イルの言う通りだ。殿下、ありがとうございました」
そうか? 役に立ったなら良かったよ。
「殿下の攻撃魔法は凄まじかったと聞いております」
「伯爵、そんな事はないよ。オクソールとリュカとシェフがいたからこそだ」
「オクソール様、帝国最強の騎士ですね」
「うん、イル。そうなの。オクソールだけでなく、リュカもシェフも本当に強いからね」
そうさ。あの人数で襲撃されて、いくら俺が魔法で蹴散らしていてもこっちが誰も怪我もなく捕らえられたのはあの3人が強いからだよ。
「クーファル殿下がお戻りになるまでゆっくりなさって下さい」
「伯爵、ありがとう。もう少し世話になります」
「なんの! いくらでもいて下さい! 大歓迎です!」
あら、そう? 俺、甘えちゃうよ?
「父上、それよりも婚約破棄になっていて良かったです」
「ああ、イル。まったくだ」
「もう、二度と酒の席で大切な事を決断するのは止めて下さい」
「あぁ、すまない」
あらら、伯爵小さくなっちゃった。コレは本当に、酒に呑まれてやらかしちゃった感じだな。
「父上、ハル兄からは何も連絡がありませんか?」
「それがな、明日来るそうだ。ビリューザ子爵と一緒にな」
なんと! それはあれじゃないか? 婚姻の申し込みじゃないか?
「そうでないと! 姉上はどうしてますか?」
「もう、大変なのよ。髪をどうしようとか、ドレスは何にしようとか。あなたが変な婚約者を決めて来なかったらあの子も嫌な思いをしなくて済みましたのに」
あらら、夫人まで。どんどん伯爵が小さくなっていく。
噂のお姉さんがやってきた。
「リリアス殿下、イルマル。無事で良かったです」
「ありがとうございます」
「姉上、ハル兄が来るそうですね」
「イル、そうなのよ」
「良かったですね」
「まあ、何がかしら? 今更来られても」
なんて、言いながらソワソワしてるじゃん。可愛いね〜。
「やだ。リリアス殿下。そんな顔で見ないで下さい」
どんな顔だよ! 俺は元々こう言う顔だよ!
「明日が楽しみですね」
「リリアス殿下まで。そんな事ないのですよ。幼馴染ですし。今更ですわ」
はいはい。もう、照れちゃって。
「もう! ですから! そんな事ないんです!」
いいじゃん。可愛らしいじゃん。あんな男爵令嬢を連れて愛人になれなんて言ってくる奴なんかより、全然良いじゃん。
さて、翌日。噂のハルが父親と一緒に登場だ。
ハルこと、ハルコス・ビリューザ。
ベージュブラウンの短髪にオリーブ色の瞳でなかなかの爽やかさんだ。
騎士アカデミーの制服がよく似合っている。
父親のビリューザ子爵も落ち着いた感じだ。だが、息子が騎士アカデミーにいる事に関係するのか? 領主て感じでもないな。精悍で剣が似合いそうだ。
「リリアス殿下であられますか!?」
「はい。リリアスです。鉱山の調査でお邪魔してます」
だよね。いきなり俺がいると驚くよね? 関係者じゃないもんな。でも、ちょっとお邪魔させてもらおう。興味津々だ。
「あ、ボクの事は気にしないで。どうぞ」
進めてね、と手で合図する。
「はぁ、その」
「ハル、構わない」
「そうよ、ハル」
「はい、伯爵様。では……」
そうさ、当然ルティーナへの婚姻の申し込みだった。そりゃそうだよね。他に何があるんだ? て、話だ。
「俺は、子爵家長男です。今は騎士アカデミーにいますが、行く行くは父の跡を継ぐ事になります。伯爵家の下で任された領地を守ります。
身分が違うと一度は諦めました。しかし……あの様な事になるなら身分なんかに拘らずに早く婚姻を申し込めば良かったと後悔しました。
ロウエル伯爵、どうかルティーナ嬢との婚姻をお許し願えませんか? 必ず、幸せにします。努力します。絶対に泣かせたりはしません! お願いします!」
そう言ってハルコスは頭を下げた。
いいじゃん。俺、この人の方が全然好きよ。まあ、元婚約者を見た事ないけどさ。
「ハル、頭を上げてくれ。済まなかったね。お前達の事は気付いていたのに、私が馬鹿な事をしたばかりに二人に辛い思いをさせてしまった。許してほしい」
「伯爵様! そんな事ないです」
「いいえ。ここはしっかりとケジメを付けてもらわないと」
夫人、厳しいなぁ。
「私は元からハルとルティの婚姻には賛成でしたから。あなたが馬鹿な事をしなければ、ルティもあんな馬鹿息子に馬鹿にされなくて済んだのですよ」
「母上、それはもう良いではないですか」
うん。イルマルの言う通りだよ。ロウエル伯爵、かわいそうだよ?
「では、お許し頂けるのですか!?」
「ハルコス、娘を宜しく頼む。うちも鉱山を管理しているから、少しは役に立つと思う」
「有難うございます!」
ハルコスと父親のビリューザ子爵は頭を下げた。