333ー坊ちゃん再び
「殿下、それだけではないのです」
弟くん、よく調べていた。姉を貶められてよっぽどムカついたんだろうな。
弟のイルマルと友人のセルジャンは、男爵令嬢の素行まで調べ上げていた。
ルティーナの元婚約者はルーペス・ペブルスと言う。伯爵家の長男だ。
ルティーナが言っていた様に、幼い頃から交流があった事もあり学園の初等部に入学する時に申し込まれて婚約した。まあ、それなりにやっていたのだろう。
それが高等部に上がり、男爵令嬢が編入してきてから変わった。
そこまでは、ルティーナ嬢からも聞いていた。
「何故、編入なのかと思い調べたのです」
なるほど。貴族は普通、初等部からそのまま高等部に進学するからな。男爵令嬢は、初等部を卒業して高等部には進学しなかったらしい。なのにまた、高等部の途中から編入してきた。
弟のイルマルは報告を続ける。
「領地を持たない男爵家で、高等部に進学する為の学費がなかった様です。学費の免除制度を利用できる程の学力などもなく。
それで、進学はしなかった様ですが、男爵が姉の元婚約者のペブルス伯爵家の領地の一つの村を任される事になり、それで編入できた様です」
「よくそんな事を調べられたね」
「リリアス殿下、男爵令嬢の初等部の時の同級生がペラペラと話してくれました」
みんな人の噂話は好きだからね。
「男爵令嬢は、他のご令嬢達からはかなり嫌われていた様です。当時の話を聞くかわりに、恨み言を嫌と言う程聞かされました。手当たり次第に貴族の子息に言い寄っていたそうです」
なんだそれ。ビッチてやつか。この世界にもいるんだな。
「しかし、村を任されて直ぐに高等部への編入費用を用意する事ができるものなのかい? 高等部は初等部とは違って、相応の金額が必要だが?」
「クーファル殿下、そうなのです。そこが引っかかりました。ですので、明日からその村に調査に向かおうと思ってます」
なんだと? 弟達だけで行くのか? 危なくないか?
「その村は近いのか?」
「クーファル殿下、ペブルス伯爵領にはミーミユ湖に流れ込む小川が流れています。その小川の近辺で、うちとビスマス領寄りに村はあります。しかしそれでも2日は掛かります」
ほら、クーファル。どうする? 俺も行っていいかな? な? 行きたいんだけどな。
「リリ、駄目だ」
「兄さま……分かりましたか?」
「ああ。またリリの目がキラキラしていたよ」
「だって兄さまが行くと目立ちますから」
「リリもだろう?」
「ボクは大丈夫です」
前例があるからな。大丈夫さ。
「リリ、また何を考えているんだ?」
「オクとリュカとシェフがいるから大丈夫です」
「言い出したらきかないからね。リリはエイル様そっくりだ」
え、マジ? 母より俺の方がずっと空気読むぜ?
「イルマルとセルジャンは明日行くの?」
「はい、殿下。セルジャンも、今日は泊まるそうなので明日の早朝から一緒に行ってきます」
「じゃあボクも一緒に行くよ」
「殿下!?」
「クーファル殿下、宜しいのですか!? 何日もかかりますが」
「イルマル、セルジャン、だからリリは言い出したらきかないんだよ」
んふふ。やったぜ、行くぜ。
「リリアス殿下、私も今回は絶対にご一緒しますよ!」
「ラルク、大丈夫?」
「殿下、もちろんです!」
「ラルク、お留守番していても良いんだよ?」
「殿下! 何を仰います! 私は殿下の側近になるのですよ。ご一緒しないでどうしますか!」
だってさぁ、ラルク慣れてないじゃん?本当に大丈夫?
「殿下、大丈夫です。私の代わりにラルクをお連れ下さい」
「ニル、そう?」
「はい。ラルク、頼みましたよ」
「はい! ニル様!」
と、言う事でイルマルとセルジャンと一緒に、オクソール、リュカ、シェフ、ラルクも一緒に行く事になった。
もちろんユキも一緒だ。ただし、今回ユキは小さくなっていてもらう。だってユキヒョウだと怖がられるからな。
翌朝早くに朝食を食べて出発だ。
「リリ、なるほど。それか」
「はい、兄さま」
「殿下、これはまた」
「イルマル、殿下は駄目。ボクはリリ」
「しかし……なあ、セル」
「ああ。でもまぁ、良い考えなんじゃないか? 殿下、では俺の事はセルとお呼び下さい」
「じゃあ、僕はイルです」
「うん。イル、セル、宜しくね!」
「オクソール、リュカ、シェフ。くれぐれも無茶をさせない様に頼んだよ」
「はい、クーファル殿下。お任せ下さい」
今日から暫くは、俺は帝国の第5皇子のリリアスではなくて、商人の息子のリリだ。王国に行った時と同じ設定で行く。
これが、なかなかに楽しい。一時的に皇子と言う肩書きから逃れられるからな。気持ち的に楽なんだ。
フッフッフ。何があるのか暴いてやるぜ! 中身は大人だからな!
商人の設定なので、幌馬車に乗って目的の村に向かう。俺は、御者役のリュカの直ぐ後ろで前を見ている。
しかし、急によく幌馬車なんて都合ついたな。オクソールは何でもできる。頼りになるぜ。
「ねえ、リュカ。ボクもそこに座りたい」
「駄目ですよ」
「いいじゃん。お隣いい?」
「いや、駄目です。大人しくしておいて下さい」
「だってリュカ、暇なんだ」
「それは仕方ないです」
「リュカ、ボク達はヒマ友でしょ?」
「だから何スか、それ。俺は暇じゃありませんから」
「ボクは暇だよ?」
「殿下、何スか? 時々そうなりますよね?」
「そうって、どう?」
「ボケると言うか」
「え? じゃあリュカがツッコミ?」
「いや、訳分かんないスよ?」
まあ、冗談はさておき。俺達は皆ちょっと裕福な商人風だ。だが、イルマルとセルジャンは普通に貴族の坊ちゃんだ。
そこら辺をどんな設定にするかだな。
「殿下、貴族のご子息と同行しているちょっと裕福な商人の息子で良いのではないですか?」
「ラルク、まんまだね」
「あまり、捻らない方が自然で良いかと思います」
「そっか。なるほど。じゃあ、そんな御一行が帝都に向かう途中て感じかな?」
「そうですね」
「で、商人の息子のボクの方が護衛が多いの?」
「あー、殿下。それは変ですね」
「でしょ?」
「まあ、全体の護衛と言う事で。雇い主が殿下にしておけば大丈夫なんじゃないですか?」
「アバウトだね」
「はい。キッチリしない方が」
「そう?」
「はい、殿下。どう転ぶか分からない以上、どうとでもできる方が良いでしょう?」
「まあ、そうだけど。でも、じゃあラルクは?」
「私が何ですか?」
「だからさ、ラルクはどんな立ち位置なの?」
「私は殿下の……あ、どうしましょうか?」
なんだよー。考えてないのかよ。
「ちょっと裕福な商人の息子のお世話役とでもしますか?」
「そうだね。無難にね」
そんな事を話しながら目的の村に向かった。