33ー民衆とフィオン
「……エヘヘ……」
「笑ってるな」
「はい、ルー様」
「夢でも見てるのか?」
「今日、陛下とお母上が来られて嬉しかったのでしょう」
「……そうか」
「……はい」
「……それは良かった」
「はい」
「許せないな。リリにこんな思いをさせた奴等が」
「勿論です。許せる筈がありません」
「ああ。しっかり罰を受けてもらおう」
「はい。当然です」
翌日、俺が起きたらもう父と兄フレイと父の側近セティ、それにオクソールもいなかった。
城から兵団を連れて来ていて、例の逃げていた子爵捕縛に乗り出したそうだ。前回の奴隷商の時よりも多い一個小隊で捕縛に向かう。
邸には、二分隊が残った。俺の母、第3側妃がいるからな。警備の数も多い。
そして、俺は知らなかった。
その少し前に、帝国全土へ向けて御触れが出されていた。
◇◇◇◆◇◇◇
此処は帝都、ある広場に御触れが張り出されている。その前には沢山の人集りが出来ていた。
「なんだ? この御触れは?」
「あれだろ? またどっかの馬鹿な貴族が何かやらかしたんだろ?」
「ねえ、あんた。何て書いてあるんだい?」
1番前で御触れを読んでいた少し身綺麗な男性に、恰幅のいいどこかの女将さんらしき女性が聞いた。
「え……っと…… 」
「大きい声で読み上げてくれ!」
「そうだ! ここまで見えねーんだ!」
後ろから大きな声で叫ぶ民がいる。
さっきの少し身綺麗な男性は声を張り上げる。
「よし、読むぞー!
アーサヘイム帝国皇帝オージン・ド・アーサヘイムの名において。
光属性魔法の適性を持ち
光の精霊様の加護を受け
光の大樹に花を咲かせた
第5皇子リリアス・ド・アーサヘイムに、害を為す者は何人であっても極刑に処す……だとよ!」
途端にざわつき出す民衆。
大きな声で一人が叫ぶ。
「はぁ!? リリアス殿下が狙われたって事か!?」
「そうだろ? でないとこんなお触れは出ないだろ?」
「はぁー!? 貴族は馬鹿か!? 大馬鹿かよ!」
「リリアス殿下、まだお小さいのに……!」
「お可哀想に……!」
「リリアス殿下てお幾つだったか?」
「ばか。あんた、家の子と一緒だよ! 3歳だよ!」
「そんな小さい殿下を狙うのか!?」
「どこのどいつだよ!」
何処からか一つの情報が発せられる。
「あれだよ、最近伯爵家が突然爵位を剥奪されただろ!」
「フレイスター伯爵家か!? 」
「いや、あそこはお嬢様が第1側妃に入ってなかったか?」
また一つ……
「その側妃と、子の第3皇女と、フレイスター伯爵夫人がやらかしたらしいぞ! なんでも第3皇女が、リリアス殿下を湖に突き落として殺そうとしたとか聞いたぜ!」
「なんて酷い!」
「リリアス殿下は実の弟だろ!」
そしてまた一つ……
「リリアス殿下の護衛のオクソールが湖に飛び込んでお助けしたそうだ!」
「オクソールて、あの上級騎士か!?」
また違う所から、民が知るはずの無い情報が飛び交う。
「なのにリリアス殿下は第3皇女の減刑を陛下に泣いて頼んだそうだ。」
「なんて皇子殿下だ……! 泣かせるじゃねーか!」
「大樹に花を咲かせた……て何だ?」
「そうだ! 大樹だ!」
「あれか! 光の大樹か!?」
「リリアス殿下が花を咲かせただって!?」
「それって……おい! 初代皇帝と一緒じゃねーか!」
「スゲーぞ!」
「しかも、光の精霊様の加護だってよ!」
そして民衆は怒り出す……
「そんな皇子に、馬鹿貴族は何しやがるんだ!!」
「そうだ!」
「国を潰す気かよ!」
「俺たちがリリアス殿下をお守りしようぜ!」
「馬鹿だねー、どうやってお守りするんだよ!」
「だからよー、もしそんな計画とか悪さをしてやがる馬鹿貴族を見つけたらよ、物売らないとかよ。邸の前にゴミ捨てるとかよ!」
「いいね、それ!」
「おう! やろうぜ! 俺達が見張ってやろうぜ!」
「ああ、庶民のネットワークを舐めんなよ!」
なんて具合にあっと言う間に帝国全土に広がっていったらしい。
俺は全く知らない……
そう、現代日本でもそんな時がある。
民衆の意見が大きくなって、上層部を動かす時もある。
どの世界の、いつの時代でも、人は権力を持つと思い上がるものなのか。
今回は国の存続に関わる事だ。
今迄、見下していた民達に見張られる、貴族達の気分はどうなんだろう。
しかし、伯爵家が爵位剥奪されたのは目立つだろうが、第1側妃とか第3皇女とか具体的に出てくるのは、一体何処から漏れるんだ? 俺が泣いたとかさ。
影で、黒髪の誰かが動いていそうで怖いわ。
「セティ、街はどうだ? 民達の反応は?」
「はい、陛下が予想しておられた方向へ向いてますよ」
「そうか、良かった」
「しかし…… 」
「なんだ?」
「その、第3皇女の事まで広めても良かったのですか?」
「ああ、勿論だ。リリが何と言おうと私は怒っているからね。あの娘もあんな事をしなければ、私の可愛い娘だった。しかし、リリを殺そうとした者を許すつもりはない」
「成る程」
「それで、ゴミを置かれている邸はあるのか?」
「ええ、チラホラ…… 」
「どうするんだい?」
「せっかく帝都民が態々教えてくれているのです。放っておくのは勿体ないでしょう。一斉に調査に踏み込みますよ」
「そうか」
「しかも大々的に目立つ様に」
「成る程。抑止力になると良いが……」
「ええ」
――バタンッ!!
突然大きな音を立てて、ドアが開いた。
「お父様!」
「どうした、フィオン?」
「どうしたではありません!」
「何をそんなに怒っているんだい?」
今、父である皇帝に怒りをぶつけているのが、帝国第1皇女フィオン・ド・アーサヘイム。
金髪のサラ艶ストレートの髪を振り乱して、翠色の瞳の睫毛の長い綺麗な目を釣り上げて怒っている。
「街の噂をご存知ないのですか!?」
「なんだい? 噂?」
「ええ、第3皇女のフォランが、リリを湖に突き落としたと! しかも、今迄のリリを狙った未遂事件も、第1側妃とフレイスター伯爵夫人が犯人だと!」
「あー…… いや、その…… 」
「だからですのね!」
「いや、フィオン?」
「急に第1側妃がいなくなりました。イズーナもフォランもおりません。第1側妃の実家が伯爵位剥奪になり、国外追放になりました。何があったのかと思っておりましたら、リリですか! あいつらリリを狙ったのですね! 許せません!!」
『あー、面倒なのがいたのを忘れていた…… 』
「陛下…… お顔に出ております。」
「お父様!!」
第1側妃の父親のフレイスター伯爵は、爵位を剥奪され領地没収の上、国外追放になっていた。
リリアスを狙ったフレイスター伯爵夫人とその侍女、第1側妃のレイヤとその侍女、そして今回実行犯のフォラン皇女とその侍女、計6名は地下牢へ。
イズーナ皇女は別室に軟禁されていた。