319ー潜入
「殿下、手前で止まります。場所は分かりますか?」
「うん。分かるよ。1番奥の少し大きな家だ」
「リュカ!」
「はい!」
リュカがフォカと並び、手前の家の影に馬を止めた。
フォカが馬を下りて、俺が示した邸に静かに走って行った。
「さすがに邸の正面には馬車を止めないでしょうから。兄貴が裏を見に行ってます」
「リュカ、誰の邸か知ってるの?」
「はい。町長の邸です。たしか、男爵だったと思います。兄貴が詳しく知っている筈です」
暫くしてフォカが戻って来た。
「邸の裏に荷馬車が止まってます。まだ着いたばかりなのでしょう。男が荷物を下ろしてました。しかし、普通に考えて変です。こんな夜中に何をしているんだ? て、感じです」
「兄貴、ここの町長て男爵だよな?」
「ああ。3代目の男爵だ。この領地は伯爵家が領主だ。領地の端の小さな町だから、言い寄ってきた男爵に任せているんだろう。しかし、今の男爵が治める様になって1年程かな? それから評判が悪いんだ」
「フォカ、評判が悪いってどんな?」
「はい、殿下」
フォカの話だ。小さい町だし何か特別な物がある訳でもないから元々豊かではなかった。
それでも、町民は作物を作りながら狩りをしたり、育てた薬草や加工品を隣街で売ったりしてのんびりと平和に暮らしていた。
しかし、今の男爵になってから税が上がって暮らしにくくなったそうだ。
その上、男爵について来た男達がごろつきの様な奴ばかりだそうで、当然町の治安も悪くなった。
「何それ。なんか悪い事やってます、て言ってる様なもんじゃない?」
「そうですね。しかし、当の男爵は金回りが良くなったらしいです」
「任せている伯爵は何やってんの?」
「領地の隅っこの小さな町ですからね」
「どんな所でも人が生活して生きているんだよ。ムカつくなぁ!」
「ハハハ、殿下は本当に10歳とは思えませんね」
フォカ、今はそんな事どうでもいいんだ。
いつの間にかいなくなっていたシェフとユキが戻ってきた。
「殿下、裏口は一つですね。表にも裏にも見張りがいます」
「リリ、この邸は嫌な匂いがする」
「ユキ、嫌な匂い? シェフは分かる?」
「薬草の様な匂いしか私は分かりませんでした」
「オク、踏み込んじゃう?」
「殿下、一応行ける所までこっそり行きましょう」
「え〜、面倒だよね」
「下で暴れて男爵にたどり着くまでに証拠を隠蔽されたらいけません」
「はーい。じゃあオク、どうしよう?」
「リュカとフォカとシェフとで表から。殿下とユキと私で裏口から。騎士団は、邸の周りの監視と逃げ出す者がいたら捕まえる、でどうでしょう?」
「皆、それで良いかな?」
全員の顔を見て確認した。良いみたいだな。
「では、出来る限り静かに気付かれない様に潜入しましょう。目指す部屋は……殿下、2階の1番奥で合ってますか?」
「うん。オク、そうだね」
なんだよ。オクソールも精霊の眼で見えてるじゃん。
「あと、地下だ」
「はい、殿下。男爵を拘束したら地下へ」
「うん。じゃあ、みんな。怪我しない様に。危険だと思ったら迷わず暴れていいからね」
「「了解です」」
「分かりました」
俺、オクソール、シェフ、リュカ、フォカ、ユキ、騎士団10人。たった15人と1頭での潜入を開始した。
建物の陰から裏口をこっそりと見る。
「オク、二人だね。」
「はい。」
「リリ、我が行く。」
「あ、待って。ボク試したい魔法があるんだ」
ユキが行こうとするのを止める。
物陰から見張り二人を、人差し指を出して拳銃を撃つような手をして狙いを定める。
『エアーショット』
――パシュン、パシュン!
俺は指先から弾丸の様な空気の弾を出す。二人の見張りがバタンと倒れた。
「殿下、これは……?」
「オク、分かった?」
「はい。普通のエアーショットでは、ありませんね?」
「うん。暫く寝てくれる様にしたんだ。殺したくはないからさ」
「人とは面倒な事をするものだな。一気に喉を掻っ切れば直ぐに済むであろうに」
ユキさん、それはないよ。コエーな。
「殿下、行きましょう」
「うん……あッ! オク、大変だ! どうしよう!」
うわッ! 俺とした事が! 今頃気が付いたぜ!
「どうしました?」
「ボク、剣持ってきてないや」
「……殿下、今頃ですか。いりますか?」
「え? いらない?」
「殿下には、今の様に魔法があるでしょう? あのよく斬れるミスリルの剣で殺さない様に加減できますか?」
「無理、できない」
ブンブンと首を横に振る。俺にそんな事出来る訳ないじゃん。
「じゃあ、必要ないですね。殿下は魔法でお願いします」
「はい」
なんかさ、俺がボケてるみたいじゃん?マジで焦ったのによ。
裏口から邸の中に入り、2階への階段を探しながらオクソールについて行く。
オクソールが、ドアの手前で止まり様子を伺う。中から話し声が聞こえる。ごろつき達の部屋なんだろう。酔っ払っているらしい。
オクソールが部屋を指差す。中に入ると言う事だろう。
俺は、ちょっと待ってと手で合図する。
何人もいるみたいだからな、騒ぎが聞こえない様にしよう。俺は部屋に向かって手を出す。
『サイレント』
よし、これで音はしない。いいよ、と親指を立てて合図する。
オクソールがドアを開けたと同時にユキが飛び込む。ユキが足でトンッと触れただけで男は昏倒していく。
『エアーショット』
俺は空気の弾で男達を倒す。オクソールは剣を使わず手刀で気絶させていく。
『アースバインド』
倒れた男達を拘束していく。
「殿下、次に行きます」
「うん」
同じ様な部屋がもう一部屋あった。そこにいた男達も気絶させてバインドしておく。
「殿下、階段です」
「うん。あ、リュカだ」
どうやら、表からも無事に潜入出来た様だ。リュカ、フォカ、シェフと合流する。
「殿下、ご無事で」
「うん。大した事なかったよ。そっちはどうだった?」
「1階を確認しましたが、表の見張りだけでした」
「調理場にも行きましたが料理人もいませんでした。メイドもいません」
「なんで? メイドはいてもおかしくないよね?」
「殿下、屋根裏に使用人部屋があるのかも知れません。こんな時間ですから休んでいるのでしょう。サーチで分かりませんか?」
「そっか。待って」
俺は邸の中をサーチする。この邸の中に人がいるのは……
「本当だ。2階の奥の部屋と、屋根裏に人がいる。2階の奥の部屋って思っていたより広いな。何人もいる」
「とにかく、先に男爵を捕らえましょう」
「俺達が先に上がります」
リュカがそう言って、フォカとシェフが素早く階段を上って行く。
上から、リュカが手招きしている。
「殿下、行きます」
俺は、ヒョイとオクソールに抱えられた。オクソールは足音も立てずに階段を上って行く。
俺はまだチビだからさ、面倒かけるね。
「2階は奥の部屋しか人はいないよ」
「はい、行きますか?」
「うん」
「ユキ」
「ああ。オク、任せろ」
ユキさん、味方で良かったよ。ユキは最強だ。