310ーあの別邸
城を出て丸1日掛かって別邸に着いた。
王国に行く時も途中で立ち寄って、別邸で1泊して王国に向かった。
リュカの村へは、この別邸から1時間もあれば着くらしい。途中に、あの湖がある。
俺はあれから行っていない。行く機会もなかったのだが、周りも意識的に避けていた感がある。
まあ、3歳の俺が実の姉に殺されかけたんだからな。そうなるか。
「ふぅ、やっと着いた。ニル、りんごジュースちょうだい」
「はい、殿下。ユキもどうぞ」
ユキさん太めの長い尻尾を揺らしている。
「殿下、お疲れですか。直ぐに夕食になさいますか?」
「ラルク、クーファル兄さまに合わせるよ」
「分かりました」
そう言ってラルクは部屋を出て行った。
あれ、ラルク何か変わったかな?
「ラルクはラルクで色々思うところがある様です」
「ニル、そうなの?」
「はい。辺境伯領が良い刺激になったみたいですね」
「ふぅ〜ん」
辺境伯領ね。なんか特別な事あったっけ? 俺は、アウルースが超可愛かった事しか思い浮かばないぞ?
「殿下、お疲れ様でした」
「あれ? リュカ、こっちに泊まるの?」
「もちろんです。私は殿下から離れません」
「いいのに。せっかくなんだから、実家に泊まってゆっくりすれば良いのに」
「いや、殿下。勘弁して下さい」
意味分からん。
「殿下、お食事の用意ができましたので食堂にお越し下さい」
「ラルク、分かった」
食堂かぁ。そっか、俺がここに滞在していた時は殆ど一人だったから部屋で食べてたんだ。懐かしいなぁ。あの頃はこの別邸がもっと広く感じたんだ。
広い邸に俺は1人ぼっちだと思っていた。そんな事ないのにな。
「殿下、思い出されますか?」
「うん、ニル。懐かしいな、と思ってた」
「懐かしいですか」
「うん。ここに滞在していた時間があったからボクに付いてくれている皆を知る事ができた」
「殿下……」
「リュカとも知り合う事ができた」
「殿下!」
なんだよ、何でニルもリュカもウルウルしてんだよ。俺、変な事言ったか?
「あれ? ユキは? 一緒に出てきたのに」
「調理場に行きましたよ」
あら、そう。ユキさん相変わらずだね。
食堂に向かっていると、途中でクーファルに会った。
「リリ、疲れてないかな?」
「はい、兄さま。大丈夫です」
「リリはもう旅慣れているね」
「色々行きましたから。鉱山も今回でお終いですね」
「そうだね。後は私の方で定期的に保守点検をしておくよ」
「はい、兄さま」
「クーファル殿下、リリアス殿下、お待ちしてました!」
「シェフ、有難う!」
懐かしい。いつも、シェフがいてくれたから、一人の食事も寂しくなかったよ。
「兄さま、今日は兄さまとボクだけですか?」
「そうだね」
「皆、一緒に食べませんか?」
「ああ、私は構わないよ」
やっぱ、クーファル。言わなくても分かってくれている。
ニッコリ、微笑まれたよ。
「ニル、リュカ、ラルク一緒に食べよう」
「あ、じゃあ俺、オクソール様呼んで来ます!」
アハハ、リュカ速いなぁ。
「殿下、宜しいのですか?」
「ラルク、いいのいいの。みんな一緒に食べた方が楽しいし美味しいよ」
ソールなんて慣れたもんだよ。もうクーファルの横に座ってるよ。
「殿下、こちらに」
「ニル、有難う。じゃあ、ニルはボクの隣ね」
「いえ、オクソール様が」
「いいの。ニルはボクの隣」
「はい、殿下」
シェフが皆に出してくれる。
オクソールとリュカもきた。
「やっぱ、みんなで食べる方が美味しいよ。ね、兄さま」
「リリ、そうだね。リリは昔からそうだね」
「兄さま、そうですか?」
「ああ」
クーファルは思うところがあるのか、微妙な顔をしている。
「さあ! 皆さん冷めないうちに食べて下さい!」
「いただきます!」
シェフの料理はなんでも美味い! 今日も出先で、慌てて用意しただろうに。
もしかして、また鍋ごと持って来たのか? ポトフがしっかり煮込まれていて絶品だ。
「シェフ、美味しい! めちゃ美味しい!」
「殿下、有難うございます!」
「シェフ、ポトフのトマト味か。美味しいね」
「クーファル殿下、有難うございます。リリアス殿下はトマト味がお好きなので」
「なるほど。さすが、リリアスのシェフだ」
「エヘヘ、兄さま有難うございます」
シェフが褒められると俺も嬉しい。
皆で和やかに夕食をとった。
明日はいよいよ、リュカの村だ。
翌日、リュカの村は、別邸から本当に近かった。途中、湖を経由したがなんとも思わなかった。
実は少し不安だったんだ。PTSD的なものがあるかもと思っていたからさ。
なんともなかった。樹々の間にある湖を見ても「綺麗だなぁ」位しか思わなかった。あの事件の事を、俺は思っていたより消化していた様だ。
「殿下、大丈夫ですか?」
「ニル、なんともないよ。綺麗な湖だ」
「あの湖は魔素が濃いのだそうですね」
「ラルク、よく知ってるね。そうなんだよ。だから、ボクが落ちた時にレピオスがまずした処置が湯船につけて洗い流した事なんだ」
「それは、魔素の濃い湖の成分を洗い流すと言う事ですか?」
「そうだよ。それだけじゃなくて、下がった体温を上げる為もあったんだと思う」
「なるほど。温かいお湯で体温を上げるのですね」
「そう。レピオスの判断や処置は完璧だよ」
レピオス、俺の心の友であり師匠だよ。全然一緒に遠出できないから少し寂しいぜ。
「ここは、良いな」
「ユキ、そう?」
「ああ。魔素が濃い。我にはちょうど良い」
「へぇ〜、分かるんだ」
「この濃度だと、リュカや我だと多少の怪我なら完治するだろうな」
「そんなに?」
「ああ。リリにも悪くはない。普通の人間はあまり入らない方が良いがな」
「そうなの?」
「普通の魔力量しか持たない人間があの湖に長く入ると魔素に酔うだろうな」
へぇ〜、ユキさんよく分かるんだね。さすが神獣だ。
馬車は湖を通り過ぎてまだ樹々の中を走る。整備はされていないが、一応馬車が通れる程度の道がある。
「殿下、村が見えてきましたよ」
ラルクの言葉で馬車の窓から前方を見る。あれは、人影かな? 出迎えてくれている様だ。
程なくして、馬車のスピードがおちてゆっくりと止まった。
もう、降りていい? 降りたいんだけど。
「殿下、まだです。村の中に入ってからですよ」
「ニル、もう降りたい」
「もう少し我慢して下さい」
早く下りたいぜ。リュカが育った村だ。早く見てみたい。
ゆっくりと馬車が村の中に入って行く。