31ー我儘皇子
「殿下、落ち着いてください」
廊下を一人でドンドン歩いて行く俺に、ニルが半歩後ろから声をかけてくる。
「ニリュ、分かってりゅ」
分かってても、腹立つもんは腹が立つんだよ。畜生、卑怯な事しやがって!
「殿下、どうなさるお積もりですか?」
「そんなの決まってりゅ!」
絶対許さないぞ、俺は! 人の命をなんだと思ってんだ!
「人質をみんな助けりゅの! そりぇと、その子爵は許さない!」
「殿下…… 」
「とーさまとにーさまに知りゃせなきゃ。るーはどこ行ったんだよ! いつも側にいない!」
ポンッとルーが現れた。
「るー!」
「悪い悪い、ちょっと調べ物を頼まれてたからさ」
「いつもいないぃッッ!!」
俺は怒ってるんだ!! マジだぞ! ギッとルーを睨む。
「そんな怒んないでよ。子爵の居場所を突き止めて来たからさ」
と、言ってルーはウインクなんかしやがった! 余計にムカつく! 空気読めよ!
「るー、とーさまに報告してきて!」
「なんだよ、そんな怒るなって」
「人質を助けりゅの!」
「人質!? 何の話だ?」
「だかりゃ! いつもいないかりゃッ!!」
ニルがルーに昨夜からの事を説明した。俺はりんごジュースを飲んで待ってた。落ち着け。怒りに振り回されたら駄目だ。
「そうだったのか……リリごめんよ」
ぷん……
「まさか、そんな強硬手段に出るなんて思わないじゃないか」
ぷんぷん……
「ボク守ってもりゃわなくていい」
「リリ、ごめんて。謝るからさ!」
違うんだよ! ま、ルーにも怒ってるけどさ! 人の命の扱いの軽さに怒ってるんだ! あー、全然怒りを抑えられない! 超ムカつく!
「なんなの!? なんであんな酷い事が出来りゅの!? 人質とって、その上隷属の魔道具だよ! 心臓に刺さって死ぬんだよ! よくそんな事を考えついたよ! ボク一人なんかの為に! よくそこまでやりゅよ……! 20人だよ! もしかしたりゃ20人全員死んでたかも知りぇないんだよ!! じゃあボクお城の奥にひっそり籠りゅよ! お城から外に出ない! そしたりゃ誰も傷つかない! 犠牲になりゃない! ボクはもう死んだ事にしてくりぇていいッ!! だかりゃもう守ってもりゃわなくていいッ!!」
一気に言った……涙が止まらない。ムカつく! 悔しい! 俺一人を狙うために20人だ! 人質も入れたら、一体何人になるんだよ!
なのに俺はまだ3歳でなんにも出来ない! 守ってもらわなきゃ生きていけない! その事実が悔しくて!!
「ヒグッ……ヒック……」
「殿下……!」
「リリ…… 」
クソ、3歳児は涙腺弱すぎんだよ! ニルに抱きしめられたじゃねーか!
「……うっ……うぇぇっ……グシュ……ゔぇー……」
「泣き疲れて寝ちゃったな」
「はい、ルー様…… 」
「悪い事しちゃったな」
「殿下は心配されていたんですよ。ルー様が何も言わないで居なくなられたから」
「ああ、申し訳ないな」
「フレイ殿下のご依頼ですか?」
「ああ、そうなんだ」
「次からは、一言言ってから行かれると宜しいかと」
「ああ、そうするよ」
「お願いします」
「こんなに泣かれるとな。キツイな」
「はい…… 」
「リリはどんだけ思ってるんだ。まだ小さいのに」
「はい…… 」
「ニル、ベッドに寝かせたら?」
「いえ。このままで…… 」
「重いだろ?」
「……本当は、お母様に甘えたいでしょうに。小さいのにお一人で我慢して。何も仰らないで、笑ってらっしゃる。私一人位が甘やかしても構わないでしょう」
「ニル……そうだな。まだ3歳だったな」
「はい…… 」
「……ふわぁ……」
あれ、俺寝てたか? ちょっと抑えきれなかったな。
「殿下、お目覚めですか?」
ニルの顔がすぐそこにあった。
「……ニリュ、ずっと抱っこしてくれてたの?」
「はい、殿下がお可愛いらしくて」
と、ニルはニコッと微笑む。違うだろ! 絶対違うだろ! どんな罰ゲームだよ!
「ニリュ、ごめんなさい」
「殿下が謝られる事は何もありません。りんごジュースお飲みになりますか?」
「うん、おねがい。ありがとう」
やっとニルは俺をソファーに下ろして、りんごジュースを用意してくれた。
何やってんだよ、俺は。一人ムカついてルーに当たって、挙句に泣き疲れてニルに抱っこされたまま寝るなんて。最悪だ。マジ、我儘皇子だ。
「ニリュ、ごめんなさい」
「いいえ、殿下。謝らないで下さい。殿下は悪くないですし、間違ってもおられません」
「だってニリュに迷惑かけた」
「迷惑じゃありません。役得です」
どこが役得だよ! そんな訳ないじゃん。
「ニリュ、ありがとう」
「はい、殿下」
「で、るーはまたいないの?」
「陛下にご報告に行かれました」
「そう…… 子爵の居所を突き止めたって言ってた。にーさまが頼んでたの?」
「そうみたいです。フレイ殿下が」
「るーにも謝らなきゃ」
「殿下?」
「怒っちゃったかりゃ。るーはお仕事してたのに」
「……殿下、お昼食べられますか?」
「もうそんな時間なの?」
「はい、そろそろかと」
「……ああ、うん。食べりゅよ」
「では。シェフ、お願いします」
「はい! 殿下! お目覚めですか!」
「うん、シェフいつもありがとう」
「何を仰います! 今日のお昼はスープパスタです! クリーミーで美味しいですよ!」
「うん、ありがとう!」
いつものシェフで救われるわ。つうかさ、1階から持ってきてドアの外でスタンバッてるのに、いつも出来立てだよな? ほやほやだよな? 何でだ? そう思いながら食べる。
……? のびてないな……俺はジッとスープパスタを見た。
「殿下、どうされました?」
「ニリュ、もしかしてこりぇも魔法?」
「……?」
「のびてない…… アツアツ…… 」
「ああ、殿下。そうですよ。シェフの魔法ですよ」
シェフ、地味にスゲーじゃん!
「シェフ、凄いッ!!」
「殿下! 有難うございます!」
何気にシェフ万能じゃね? 凄くね? ビックリだよ!