301ークーファルの婚約 6
それは力を蓄えていた。取り憑いたルーナリアを媒体として、近くにいなくても城の中程度なら負の感情を把握でき少しばかりの現象を起こせるまでになっていた。
4人の令嬢が城の中で何かを探している。
――笑える位、欲塗れじゃないか。丁度良い。こいつらにしよう。
「クーファル殿下よ! いらしたわ!」
「え! どこ!?」
「早く! また逃げられてしまうわ!」
「押し倒すのは私よ!」
心を誘導された4人の令嬢達がクーファルを見つけ追いかける。
「な、な、なんなんだ!?」
クーファルは逃げる。咄嗟に逃げ込んだ先が、帝国の中でも最強の光属性の魔力を持った弟皇子リリアスの元だった。
――シャキーン……!!
「ヒィッ!! 」
「いい加減にしなさい!! リリアス殿下に失礼です! 不敬罪に問いますよ! 宜しいのですか!?」
――いかん、ヤバイ。なんだこいつは!? こいつの魔力は駄目だ! 今迄の時間が無駄になる。
誘導していた何かは離れた。と、同時に令嬢達は正気に戻った。
令嬢4人はリリアスの従者兼護衛のリュカに剣を突きつけられている。真っ青になって蹲った。
――あの小さい皇子は一体何だ!? 何なんだ!? あの光の魔力は危ない。近寄ってはいけない。あれは危険だ。触れられただけで今の自分なんて消えてしまうかも知れない。気取られない様に慎重に。
「クーファル兄さま、本当に?」
「ああ、リリ。そうなんだ。ルー様が見られた事だ」
とんでもないな……驚いた。
ポンッとルーが出てきた。
「リリ、びっくりだろ?」
「ルー、信じられないよ」
「僕も信じられなかったよ。でも本当なんだ」
「ルー様、本当に630年もですか?」
「テュール、そうなんだ。奴の思考を読んだから間違いない」
精霊てそんな事も出来るのか!? ……ん? そっか。俺の考えている事も読んでるな。
「リリ、ディアの姉君は光属性なのか?」
「フレイ兄さま、ディアのお母上が光属性を持ってらして、ディアとお姉さんが光属性だと聞いた事があります。下位の魔法を使える程度だそうですが」
「そうなんだ。じゃあ、リリのお相手はやっぱりディアちゃんに決まりじゃない?」
「フォルセ兄さま、だからディアはお友達ですよ?」
「フォルセ、続きを話してもいいかな?」
「はい。クーファル兄上、お願いします」
また書庫で調べ物をしていると、ミリアーナがやってきた。
――今はいつもいる皇子もいない。やるなら今だ。こいつの嫉妬も嫉みも劣等感もいい感じに大きくなった。まずはあの女から支配だ。今ならあの女程度の光属性など怖がる程ではない。あの女の方が魔力量もある。取り込めればもっと力を持つ事ができる。
そして気付かれない様に慎重に近づく。
――今だ……あッ!!
「やあ、また会ったね」
――クソッ! この皇子!
今にも取り憑こうとミリアーナに向かって歩み出た所にクーファルが来てしまった。
「君は、何をしている?」
――しまった! 見つかった! こうなったら仕方ない。光の国の皇子でも、こいつは光属性を持っていない。大丈夫だ、やるんだ!
標的をクーファルに変えて襲い掛かろうとする。
「クーファル殿下!」
ミリアーナがクーファルを庇って前に出る。
「退きなさい! 全部持ってる癖に、こっそり隠れる様にしているあなたなんかに、クーファル殿下の側にいる資格なんてないのよ!」
――もう少し近くに、もう少しだ!
ルーナリアのカーキ色の瞳が侵蝕される様に陰っていき、目の白い部分が赤黒く変わっていった。瞳孔が赤く不気味に光る。
「駄目!」
ミリアーナは気丈にもクーファルの前から動かない。
「いいわ、じゃああんたから取り込んでやるわ!」
「お前は何だ!? 彼女に取り憑いているのか!?」
「殿下、取り憑く?」
「ああ、彼女は魔術師団の者だ。この書庫で、よく調べ物をしている真面目な研究者だ」
『え? クーファル殿下が私の事を知っていた? 気付いていた? 駄目よ、クーファル殿下は駄目!』
クーファルの言葉に反応して、ルーナリアの意識が抵抗する。
――いかん! こいつ魔力量は多くない癖に、なんでまだ抵抗できるんだ!? 自我は既に侵食した筈なのに。大人しくしていろ!
闇の力がルーナリアの意識を抑え込む。
「お前は何だ! 彼女に取り憑いているなら離れろ!」
「クーファル殿下! 駄目です! 近付いてはいけません!」
「お前程度の光属性等、消しさってくれるわ!」
既にルーナリアの声ではなくなっている。地の底から響いてくる様な、聞いただけで背筋が凍てついてしまう。
――ダークエリア
闇が辺りを黒に染めていく。まるで異界に引き摺り込まれる様な感覚だ。
「ミリアーナ嬢、君属性は?」
「風です! 少しだけ光も使えます」
――ダークショック
「ライトウォール」
ミリアーナが作り出した光の壁が防いだ。
――そんな物、大したことは無い
ルーナリアが持っていた本を広げた。
――我に従え!
広げた本から、漆黒の闇がのびてくる。咄嗟にクーファルがミリアーナを腕の中に匿う。
「クソッ! リリがいたら……!」
「クーファル殿下!?」
「リリアスは、今辺境伯領なんだ」
「私が! 私にできませんか!?」
その時、のびてきた闇がクーファルに触れた……
――パァーンッ!!
闇が弾け飛んだ。周りに広がっていた闇が消えていく。
「なんだと!? 何故に!?」
「殿下!?」
「もしかして、リリが作った……」
クーファルが胸元から認識票を引き出す。そこには、リリが作った物理防御up、魔法防御up、状態異常無効、結界が付与された魔石が。
「リリ、助かったよ」
――そんな物!! 壊してしまえば良いだけだ!
また闇を伸ばしてくる。
「私が魔力を君に流して手助けする。君は光魔法を発動できるか?」
「やってみます」
クーファルがミリアーナの手を握り自分の魔力を流し込む。
「ライトバインド!」
ミリアーナが光の鎖でルーナリアを拘束しようとした。
――こんなオモチャで私を拘束できる訳ないだろう!?
――パキンッ!
光の鎖が砕け散った。
「やはり弱いか」
「殿下、まだいけます! ホーリーアロー!」
ミリアーナが力を振り絞って光の矢を放った。一直線にルーナリアに飛んで行き腕に突き刺さる。
――ウッ……!クソ。皇子の力か!?
ルーナリアが膝をついた。しかし……
「何だあれは!?」
「殿下! 私の後ろにいて下さい! 出てはいけません! ライトウォール!」
ミリアーナが最後の力を振り絞り光の壁を作り出しクーファルを守る。
膝をついているルーナリアの背中から黒い靄の様な影の様なものが揺らいでいた。
ルーナリアに取り憑いていたものが浮き出てきていた。