289ー母よ……
その日は朝から大騒ぎだった。
朝食を食べて邸の前庭に出るともう皆が集まっていた。領主隊達、騎士団、近衛師団だけじゃなく、領民まで集まっている。
「殿下! おはようございます!」
リュカがいち早く俺を見つけて走ってくる。
「リュカ、早いね。もう始めるの?」
「もうすぐですよ。殿下方はあちらのテントにいらして下さい」
「うん、分かった」
リュカが指差した所に以前も設置してあった、よく運動会で見る様な大型のテントが設置してある。
「リリ殿下?」
「リリしゃま?」
アウルースとアンシャーリが両側から俺の手を握っている。あれ、いつもより人が多いから少し怖いか?
「アーシャ、アウル、大丈夫だよ。みんな見に来ているんだ」
「リリ殿下、凄い人ですが。どんな事をするのですか?」
「あれ? ラルク聞いてない? もしかしてみんなも?」
アウルースとアンシャーリが頷く。アースとレイまで。何でだよ。今までそれっぽい事を言ってなかったか?
ま、先にテントまで行こうか。
リュカが先導してくれる。とりあえず、テントの下に座って落ち着こう。
「騎士団が遠征した時に、騎士団vs領主隊の3種競技大会をするんだ。初代皇帝がやり始めたらしくて名物になってるんだよ」
俺はラルク達に説明した。
まず一つ目が、綱引き。
普通に綱引きだ。ただし、前世で使っている綱より太い。
二つ目。玉入れ。
騎士団と領主隊から、各2名が玉を入れる籠を背負って逃げる。
それを玉を2個ずつ持った、残りの隊員達が追いかけながら玉を相手の籠に入れる。要するに追いかけっこしながら、玉を入れる。
三つ目。紙風船割り。
フワフワした剣の様な物で、相手の両手首につけた紙風船を割る。
「スゲー! 俺もやりたい!」
アースはそう言うと思ったよ。将来、騎士団に入ってからやりな。今はヘッポコだからな。プププ。
「ねえ、リュカ。近衛師団は人数少ないでしょ? どうするの?」
「そうなんですよ」
オクソールとリュカ、シェフは騎士団から外せないらしい。だって勝ちにいってるからな。
そして第1騎士団はフレイだ。当然、フレイと側近のデュークも参加だ。これで騎士団チームは35名。
近衛師団団長ティーガル・オークランスも参加だ。
近衛師団は団長が参加しても11人しかいない。そこで、騎士団でくじ引きをしたそうだ。
騎士団から12名の隊員が近衛師団チームに入る。
その数にあわせて領主隊も選抜済みらしい。きっと昨日からやっていたんだぜ。
皆其々の隊の鍛練着を着ている。騎士団から近衛師団チームに入る者は分からなくなってしまう。
そこで、近衛師団チームは皆お揃いのビブスを着る。よくスポーツで間違えない様にユニフォームの上から着るベストのような形のウェアだ。
騎士団から近衛師団チームに入る時はこのビブスを着る。
本当によく準備したよ。昨日も港から帰ってきてちょっと驚いたからね。
もう既に邸の前庭に区割りがしてあったからさ。
「まあ、凄い盛大にするのね」
「母さま!」
母が優雅にやってきたよ。ユキもニルも一緒にいる。
もしかして、母は此処で観戦するつもりなのか? と、ニルを見ると諦めた顔で首を振る。
ああ、一応説得はしてくれたんだな。母は言い出したら聞かないからなぁ。
「母さま、まさか此処で見るのですか?」
「あら、リリ勿論よ。近くで見ないと意味がないわ」
そう言いながら、さっさと俺の横に座っているアウルを挟んで座る。
「アウルもアーシャも可愛いわね。お膝に乗せたい位だわ」
そう言ってアウルの頭を撫でている。いや、母よ。今はそんな話じゃないんだ。後ろにいる母の侍女を見ると、ニルと同じ顔をしている。
皇后様とフィオンはどうしてるんだ?
「殿下、彼方に」
ニルが示す邸の方を見ると、窓から皆見ている。
そうだよな、そうだよ。何で母だけ此処なんだよ。
「リリ、諦めろ。皆説得したが無駄だった」
ユキさん、そうなの?
「ユキ悪いけど、もしボールが飛んできたりしたらお願い。母さまの前に伏せていてくれる?」
「ああ、分かった」
そう言ってユキが母の足元に寝そべる。
「まあ、ユキ。ありがとう」
本当に、母よ。お転婆はもう卒業しようぜ。
「殿下の母君らしい」
え、レイ。今何て言った?
「だって、殿下も大胆なとこありますから。肝が座っていると言うか」
「あー、分かる分かる」
なんだよ、レイもアースも。俺は普通さ。むしろ怖がりだからな。
「エイル様! 本当に此方で見られるのですか!?」
アスラールが走ってきたよ。そりゃそうだ。
「ええ、アスラール殿。大丈夫ですわよ。リリもユキもいますから」
「しかし……」
「アスラ殿、すみません。ボク見てますから」
「リリアス殿下、宜しいのですか?」
「はい。母さまは聞きませんから」
「まあ、リリ。酷いわ」
「私もお側にいる様にしますよ」
アルコースがやってきた。
「チビ2人もいますからね」
「アルコース、頼んだ」
「母さま、迷惑かけてますよ」
「リリ、ごめんなさい。だって……」
だってじゃねーよ。
「母さま、ここから動かないで下さいね。まさか、物が飛んで来る事はないと思いますが」
「ええ、リリ。分かったわ。母さま、大人しくしているわ」
邸の中で大人しくしていて欲しかったよねー。
――見ろよ! あれ、エイル様じゃないか?
――本当だ! リリ殿下と一緒に観戦されるんだ。
――お綺麗ねー!
――お二人並ばれると良く似ていらっしゃる!
――エイル様ー!
あらら、なんか良い感触じゃね? 母って人気あるんだね。知らなかったよ。
母が他所行きの笑顔で軽く手を振っている。こうしてたら、侯爵令嬢なんだけどね。
「殿下、エイル様はリリ殿下の母君ですから」
「え? レイ。どう言う事?」
「帝国中が待ち望んだ光属性の皇子殿下をお産みになられた母君、て事です」
マジかよ!? ちょっと待てよ。俺ってそんな感じなの!?
「殿下、何驚いているんですか? 殿下はご自覚がないみたいですけど」
ラルクまで! マジか!? だって俺はそんな扱いされてねーよ。
やれ辺境伯領に行けー、やれ鉱山に行けー、王国に行くぞー、て行かされてるよ?
その上、あれ作れー、これも作れー、てさ。まるで町の便利屋さんだぜ?
「リリ、それは陛下の性格ね。諦めなさい」
「母さま、ボク何も言ってないです」
「リリは顔を見ていたら分かるわ」
はぁ〜、また言われた。そうか、俺は顔に出るのか。