288ー日常
「殿下、夕食は魚介類で何か作りましょう」
「うん、シェフ。母さまが牡蠣のグラタン食べたがってたよ」
「そうですか。ではそれを一品」
「うんうん」
「で?」
「え? で? て?」
「他に何かありませんか?」
「んー、アクアパッツァとかエビフライ?」
「ああ、良いですね。アクアパッツァにエビフライですか。タルタル付きで」
「うん。シェフのタルタル美味しいもんね」
「殿下、タルタルて何ですか?」
レイがエビを剥きながら聞いてきた。レイはエビばっか食べてるな。気に入ったか?
「え? レイ。タルタル知らないの?」
「はい、知りません」
「じゃあ、夕食を楽しみにしておいて」
「タルタル、わたし好きです!」
「ボキュもタルタル好きー!」
「え? 知ってんの?」
アースも知らないか? もしかしてマヨも知らないか?
「シェフ、帝都でもっとレシピを広げなきゃね」
「本当ですね。こんなに差があるとは」
そうだよ。何でだ?
例えばタルタルでもさ、俺がシェフに教えたのはもう5年前だぜ。全然、広がってないじゃん。
「食べれるお店がまだありませんからね」
「オクソール、そうなの?」
「はい。まず何処かの店で食べて美味しいと認識しないと、なかなか広がりませんね」
そりゃそっか。お店なぁ。まあ、帝都に帰ってから考えよう。屋台も良いよな。
ああ、そうだ。テティが5年前にまず屋台から始めるみたいな事言ってたな。
「ねえ、おっちゃんテティは?」
「あ? 屋台に行ったんじゃねーか?」
屋台て今考えてたやつか?
「おっちゃん、屋台てフライの?」
「ああ、そうだ。もう定番になってるぞ。後は揚げるだけにしたのを持って帰る人もいる位だ」
「へぇ、凄いね。帝都でも、まず屋台から始めようかな」
「なんだ? やんのか?」
「違うよ。帝都で新しい料理が広がらないからさ、屋台で売って味を知ってもらおうかと思って」
「そりゃ、いい考えだ。いくら口で美味いと言っても、実際に食べてみる方が早いさ」
そっか。そうだよな。帰ったら考えよう。
「それよりリリ殿下、もう帰るんだろ?」
「うん、おっちゃん。明後日ね。明日はフレイ兄さまが恒例のを開催するって、張り切ってるよ。今頃は領主隊が選抜してるんじゃないかな?」
「お! やるのか?」
「らしいよ」
「そうか! 見に行くぜ!」
「今回も負けません!」
リュカ、ヤル気だね。
「殿下、もうアウルが」
アルコースに言われてアウルを見ると、手に蟹の脚を持ったままコックリコックリし始めている。
「ああ、もう限界だね。お昼寝しないで来ちゃったから悪い事しちゃったな」
「いえ。アウルとアーシャも殿下と遊べるのは喜んでますから」
と、言うアスラールを見ると、アンシャーリが腕の中で同じ様にコックリしている。
「お腹もいっぱいになったから、一気に眠気が来たんでしょう」
「うん。アスラ殿、じゃあそろそろ帰ろうか」
「はい、殿下」
「えッ! 待って! 俺、これ食べてしまう!」
アースが慌てて口に入れている。そんなに気に入ったのか。良かった。
「リリ殿下、また来てくれな」
「うん、おっちゃん。必ず来るよ」
「ああ。待ってるぜ」
「おっちゃんも、テティと帝都に遊びに来れば良いのに」
「ああ、いつかは行きたいな」
「うん。待ってる!」
「ん……リリしゃま……?」
「アウル、おはよう」
「エヘヘへ。リリしゃまいた」
アウルがお昼寝から起きるまで、俺は側にいた。ずっと寝顔を見ていた。
この子は可愛い。何でだろう。特別に可愛い。それに、素直でお利口だ。無事に大人になってくれる事を祈るよ。
俺は、アウルに話をした。
明後日には帰る事を話した。
「あい……リリしゃま」
アウルは泣かなかった。一生懸命、涙を堪えていた。手をギュッと握って、ウルウルした目で俺を見ている。
俺はアウルを膝の上に座らせ抱き寄せ手を握る。そんなに強く握っていたら爪痕がついてしまう。
この子は本当に賢い。怖くなるよ。
「アウル、また絶対に来るからね。それに、アウルが大きくなったらお城に来る事だってできる。また、いつでも会えるんだ。だからこれが最後じゃあないからね。
ボクはいつもアウルを思っているから。
アウルは、沢山食べて、沢山遊んで、ちゃんとお昼寝して大きくなるんだよ」
「あい、リリしゃま。ボキュもリリしゃまに会いにいきましゅ! ボキュはリリしゃま忘れましぇん。ずっとずっとリリしゃま好きでしゅ」
「うん、ボクもアウルが大好きだ」
「リリしゃま、ボキュにヒミツでいなくなったりしないでくだしゃい。やきゅしょくでしゅ」
「アウル……?」
きっとアウルースはそんなつもりはないんだろう。だが、この言葉は突然この世界に来た俺には特別なものに思えた。
ドキッとしたよ。全部見透かされている様な気がした。
「大丈夫だ、アウル。ボクはどこにも行かないよ。絶対にまたアウルに会いに来るからね。また一緒に遊ぼう」
「あい! リリしゃま!」
それから一緒に夕食を食べた。シェフが言ってた通り、牡蠣のグラタンにエビフライ、アクアパッツァまで出てきた。
アースとレイに、これがタルタルだ! と教えてやった。2人共、エビフライにたっぷりつけて食べていた。沢山食べた。
アウルースがお口の周りをホワイトソースとタルタルだらけにして食べていた。
大きな口を開けて美味しそうにニコニコして食べていた。
そして、その日はアウルースと一緒に寝た。
思い出すよ。前世の息子たちが小さかった頃を。こうして一緒に寝た。一緒に食事をした。一緒に遊んだ。何気ない日常が大事な思い出になるんだ。
もう、息子達には会えないが俺は忘れない。大事な息子達だ。
元気でいてくれ。ちゃんと大人になって悔いのない様に生きてくれ。
そうか……もしかして俺はアウルを息子達と重ねていたのかな? 分からない。
「……ふわぁ……」
「アウル、おはよう」
「リリしゃま。おはようごじゃいましゅ」
こうしてまた1日が始まった。最後の1日だ。
「アウル、今日も沢山一緒に遊ぼう」
「あい! リリしゃま!」




