231 閑話ー 狙われる皇子
「逃がすな!! 全員捕らえろ!!」
騎士団が取り囲み賊を追い詰めていく。
賊は騎士団の3倍はいるだろうか。しかし騎士団は怯まない。普段、街を警備している衛兵達も、一目皇子を見ようと出てきていた帝都民達を誘導して避難させる。そして直ぐに騎士団の援護につく為に取って返す。
城に程近い大聖堂の前。2歳になった第5皇子リリアスの光の神への報告の儀の帰りを狙って賊が襲いかかってきた。
「エイル! リリアス!」
「陛下!!」
皇帝と側妃が分断された。騎士団員達はすかさず2人の前に出て守る。
「陛下!!」
皇帝が、側妃に近付こうと飛び出す。
「陛下! 危険です!!」
「オクソール! 私はいい! 何としてもあの子を守らなければ!」
オクソールと呼ばれた騎士が、皇帝を守りながら一緒に移動する。
「そうはいくかよ! あのガキさえ殺ったらこっちのもんだ!」
「らめッ! かーしゃま! らめッ!!」
わずか2歳の皇子が、母である側妃を守るように前に立ち両手を広げた。
「リリ!!」
すかさず、側妃は皇子を抱き寄せる。
賊のリーダーらしき男が、側妃に抱かれた皇子を狙い剣を振り下ろす。
――ガキーン!!
「お、お前! 獣人か!?」
オクソールと呼ばれた男が間一髪で賊の剣を薙ぎ払った。
その頭には獣の耳が……尻には尻尾が!
賊が怯んだ隙を見逃す事なく、オクソールは剣で斬りつけた。
――ズザザンッ!!
「く、くそ……ッ!!」
一瞬で、腕と足の両方を斬りつけられた賊は剣を落とし倒れ込む。直ぐに側にいた騎士団の隊員が拘束する。
皇帝が、側妃にかけよりシールドを展開した。
「陛下!」
「大丈夫だ! もう大丈夫だ!」
皇子を抱き締めている側妃を抱き寄せる。
「あー、とーしゃま。とーしゃま!」
「ああ、父様だ。リリ、大丈夫だ。父様が守るからな」
「あい、とーしゃま!」
母の腕の中から小さな手を出して皇帝に触ろうとしている。
まだ2歳。なのに、泣きもせず、グズリもせず。怖がりもせず。ただただ、父である皇帝に手を伸ばす。
「リリ、大丈夫だ」
皇帝が小さな皇子の手をとる。その直後だ。
第5皇子リリアスと皇帝の身体が白く光った。
「陛下……!」
「リリ……! リリなのか!?」
「とーしゃま、らいじょーぶ」
皇帝が展開したシールドが白く光り出した。
騎士団は次々と賊を捕らえていく。オクソールも皇帝と側妃を守りながら、襲いかかってくる賊を斬り倒していく。
「あー、おきゅ、おきゅ!」
「そうよ、リリ。オクソールよ。守ってくれているのよ」
「かーしゃま、おきゅのお耳!」
「そうね、耳が出ているわね。オクソールは獅子の獣人なのよ。帝国で最強の騎士だから大丈夫」
「おきゅ! さいきょー!」
「リリ、分かっているのか? こんな時に、この子はなんて強い子だ」
そして、全ての賊が捕らえられた。
「陛下、エイル様。お怪我はありませんか!?」
耳と尻尾を出したままオクソールは皇帝の前に片膝をつく。
「ああ、オクソール。大丈夫だ」
「おー! おきゅ、おきゅ!」
「陛下……殿下は?」
「ああ、オクソールと言いたいらしい」
「リリアス殿下、オクソールです。ご無事で」
「おきゅ! ありあとー!」
第5皇子は母の腕の中から、ニッコリと嬉しそうに微笑む。キラキラした笑顔だ。
「まあ! 有難うと言っているわ」
「殿下、勿体ないお言葉です」
皇子が手をパチパチと叩く。
「おきゅ! しゅごい! おきゅ!」
「そうね、リリ。オクソールが守ってくれたわね。凄いわね」
「陛下! ご無事で!」
側近らしき人物が剣を鞘にしまいながら駆け寄る。
「ああ、セティ。大丈夫だ。黒幕を調べろ。絶対に許さない」
「はッ! もちろんです!」
その後、1人の貴族とその子飼い達が捕らえられ極刑に処された。
「失礼致します。オクソールです」
「ああ、入りなさい」
城の皇帝の執務室だ。中には皇帝と側近のセティがいる。
「オクソール、今は3等騎士で騎士団副団長だな」
「はい、セティ様」
「オクソール、先日の功績を称えて2等騎士に叙任する事となった」
「は、光栄に御座います」
オクソールが片膝をついて頭を下げる。
「オクソール。頼みがある」
「陛下、何なりと」
「第5皇子、リリアスの専属護衛を頼みたい」
「私が……ですか?」
「ああ。騎士団からは外れる事になるが」
「身に余る光栄にございます。この身を挺しても必ず皇子殿下をお守り致します」
「そうか。オクソール頼んだ。リリアスを必ず守ってほしい。あの子はこの国にとって大切な子だ」
「はい、陛下」
城の一角。リリアスの母である側妃の部屋近く。
「おや、オクソール殿。もしや、殿下付きになられたのですか?」
「リーム殿。そうか、リリアス殿下付きのシェフになられていたのでしたね」
「はい。もしや、オクソール殿もやられましたか?」
「やられるとは?」
「あの殿下の笑顔ですよ。ニッコリと微笑まれて『ありがとう』とでも言われましたか?」
「……何故!?」
「ハハハハ! 私もその口ですよ。殿下の笑顔にやられました」
「それで騎士団副団長からシェフですか? それにしても、シェフとは」
「元々、私は料理が好きなのですよ。騎士団にいた頃より、今の方が充実しています。今や私は、リリアス殿下付きの戦うシェフですよ」
「アハハハ、あなたは本当に昔から突拍子もない」
「お互い、精一杯リリアス殿下をお守り致しましょう」
「ええ、もちろんです」
部屋ではリリアス付きの侍女ニルが、リリアスに食事をさせている。
子供用の椅子に座り、よだれ掛けの代わりのナフキンを首に巻いている。
「殿下、あーんして下さい」
「あ〜〜ん……おいしー」
「沢山食べて大きくなりましょうね」
「あい、にりゅ。ありあとー!」
「まあ、殿下」
ニルがキラキラした眼でリリアスを見ている。
「もう、ニル。あなたも、もしかしてリリの笑顔に落ちたタイプかしら?」
「エイル様、リリアス殿下の笑顔に勝てる者などおりません」
「まあ! 我が子ながら、驚いてしまうわ」
「エイル様、リリアス殿下付きの者は皆そうだと思いますよ?」
「そうみたいね。元騎士団副団長のシェフといい、オクソールといい」
「かーしゃま、おきゅ?」
「そうよ、オクソールを覚えているの?」
「あい! さいきょー!」
スプーンを持つ手も、持っていない手もベトベトだ。
「そうね。最強のオクソールがリリの専属護衛に決まったのよ」
「せんじょく? ……モギュ」
「そう、リリを守ってくれるのよ。リリ、お口の周りがベタベタよ?」
そう言いながら、リリアスの口の周りを拭く。
「まあ! エイル様、本当ですか?」
「ええ、ニル。オクソールが二つ返事で受けたそうよ」
「心強いですね」
「そうね。本当に」
「ニリュ、くっく」
もう食べ飽きたのか、スプーンを離して椅子からおりようとしている。
「殿下、まだ食べてからですよ」
「くっくはきゅ! おしょといきゅ!」
「殿下、履くだけですよ。まだお食事が終わってませんからね」
「あい!」
納得したのか、また座ってスプーンを持つ。
ニルがリリアスの靴を取り履かそうとする。
「……エイル様」
「ニル、どうしたの?」
ニルが側妃にリリアスの靴を見せる。
「……!! ニル、陛下へ」
「はい。エイル様」
「ニリュ? くっくは? あ〜んしゅる」
「殿下、別の靴をお持ちしますね」
「リリ、母さまが食べさせてあげるわ」
「あい! かあしゃま、あ〜ん!」
ニルが靴を持ち皇帝の執務室へ急ぐ。
「ニルか、どうした?」
「父上、これを。リリアス殿下の靴です」
皇帝の側近セティにリリアスの靴を渡す。2人は親子だ。
「……陛下!!」
「なんだ、セティ。どうした?」
側近のセティが靴の中から短い針を取り出した。
「……何だそれは!?」
「レピオスに調べてもらいましょう。ニル、お前は戻りなさい。直ぐにオクソールも向かわせる」
「はい。分かりました」
翌日、皇帝の執務室にレピオスと呼ばれる皇宮医師がいた。
「陛下、先日ニル殿が発見された針を調べました」
「レピオス、どうだった?」
「毒が塗られておりました。少量でしたが、まだお小さいリリアス殿下には致死量に相当するかと」
「セティ、調べるんだ。黒幕の確実な証拠を掴むまでは内密にだ」
「はッ、陛下」
直ぐに皇宮内に密偵が配置された。誰も気付かない内に、ありとあらゆる部署に部屋に。他の側妃の部屋も例外ではない。
後に、3歳になったリリアスが湖に突き落とされる事件の際に公になる。
まだリリは2歳。それまで約1年。ニルとオクソール、そしてシェフもリリアスに対する暗殺計画を幾つも潰していく。
強い光属性を持ち産まれたリリアス。この後、光の精霊の加護を受け、光の神の神徒である神獣に守られる事になる。
産まれてすぐにニルが、その後騎士団副団長であったシェフが、2歳の時にオクソールが、リリアスの専属となった。
もう1人の獣人リュカがリリと出会うまで後1年。
皆が願う事は同じ。元気に無事に成長して欲しい。光属性の皇子、リリアス。
「ありあと〜!」
その可愛らしい笑顔に皆が惹きつけられていく。どうか無事に……