2ーどうする?
暗い闇の中、意識が朦朧として目が開いているのかさえ分からない……
痛みがない……
身体が浮いているのか? 此処は何処なんだ?
俺は死んだんじゃないのか?
……てか、ボクって何だ? いくつだよ。
あ、3歳か。へっ? 3歳?
何言ってんだ? 50過ぎると勘違いすんのか?
いやいや、なんでだよ。そんな事ないだろ。夢でも見てんのか?
頭の中にまたあの声がした。
『君は前世を覚えているんだね』
誰だ?
闇の中に白く丸く光るものがフワフワ浮かんでいる。
もしかしてこの光が喋ってるのか?
『僕は光の精霊。湖に落ちた君を見つけたんだ。変わった魂だなーて思ったら、君は転生者だったんだね』
白く光っていたものが、まん丸から鳥の様な形に変わっていった。
光の精霊……? 転生者……? 俺が……?
『そうだよ。湖が繋がったのかな? 珍しいね。そのままクルッとこっちの世界に転生したみたいだね』
転生……? 流行りのアニメか? ラノベか?
そんな非現実的な事がある訳ないだろ……
『僕は君の魂が気に入ったんだ。沢山の人を救っているね』
あー、医者だったからな。当然だ。
『だからかな? 君は回復魔法が使えるみたいだ』
魔法? そんな馬鹿な。魔法なんてある訳ないだろ。
『この世界ではあるよ。まだ思い出すには早すぎるんだけど、仕方ないね。早く目覚めてね。ゆっくり話をしよう』
え……?
『今はまだお休み』
鳥の様な形をしたものが、額に小さな嘴をチョンとつけた瞬間に、身体が光った……様な気がした…………
「ん…… ありぇ? ここはどこ?」
絵筆で描いた様な長い睫毛のパッチリとした目がゆっくりと開き、翡翠色の透ける様な瞳が僅かに見えた。
「ゴホッ……!」
見慣れない天井だ……湖の別邸に来ていて、にーさま達と湖で遊んでいて……?
えっ? 兄様? 違うだろ?
車が……? あれ? 違う?
俺……? ボク……?
ありぇ? わかんないや……
「ケホッ…… 」
「殿下、気が付かれましたか? まだお熱が高いです。薬湯は飲めますか?」
侍女らしき女性が声を掛けた。
殿下と呼ばれる男の子が、湖から助け出された時に、ブランケットを持って走ってきた女性だ。
「ニリュ……?」
「はい、殿下。ニルですよ。殿下は湖に落ちたのですよ。覚えておられますか?」
「うん…… 」
「薬湯を飲んで、まだお休み下さい」
そう言って男の子の上半身を支えながらそっと起こし薬湯を飲ませる。
「ングッ……にがい…… 」
「薬湯ですからね」
「ニリュ…… 」
スゥ……
「どうだ?」
この男は、男の子を助け出した護衛らしき人物。
「オクソール様、また寝られた様です。かなり熱が高いですね」
「そうか……殿下を頼む」
「はい。畏まりました」
そう侍女に声を掛け、オクソールと呼ばれた男は部屋を出て行った。
「ケホッ…… 」
俺はでっかい豪華なベッドの中にいる。天蓋付きのベッドなんて初めて見た。
自分の両手を見てみる…… 手が小さくてプクプクだ。
頬を触ってみる…… ほっぺがプニプニ。
髪は……? サラサラフワフワなグリーンブロンドの髪。
嘘だろ……! マジか……!?
リリアス・ド・アーサヘイム
通称リリ アーサヘイム帝国第5皇子 現在3歳。
……
…………
………………
55歳の普通のオッサンだった俺は、事故で湖に落ちて3歳の皇子に転生した…………らしい。
外科医の愛妻がいて、医大生の息子も2人いて、現役小児科医で55歳のオッサンが、3歳の皇子に転生した!?
イヤ、待て! 待てよ! いくら何でも無理があるぞ!
中身55歳のオッサンだぞ!
待て待て、ちょっと待て! マジなのか!?
見た目は子供にしても程々てもんがあるだろ! マジかよー!
「ケホッ……!」
湖に落ちたらしいから、風邪でもひいたか?
喉が痛い。寒気もする。
「コン……コホッ……!」
額に自分の小さな手を当ててみる。
まだ熱あるなー。あー、辛い。もう少し寝るか。頭回らん。
まだ頭がボーッとしている……喉が痛い……
「ケホッ……ケホッ……」
「殿下、苦しいですか?」
きっと付きっきりで看病してくれているのだろう。侍女が声をかけてきた。
「ニリュ……お喉がいたい…… 」
「薬湯のお時間です。飲めますか?」
「いやだ……にがいもん」
「殿下、お熱が高いので頑張って飲みましょう」
侍女に上半身を支えられてゆっくりと身体を起こし、出された薬を飲む。
「ン……うぇ…… 」
「まだお休み下さい。ニルは付いてますからね」
こうして、ボク? 俺? は5日間も寝込んだらしい……
「ニリュ…… 」
俺は『ニリュ』と呼んでいるが『ニル』だ。俺付きの侍女だ。
いつも側にいる記憶があるから、多分俺が赤ちゃんの頃から世話してくれているのだろう。
黒髪を後ろで一つに編んで纏めていて、金色の瞳が印象的だ。
3歳の俺はまだ『ら行』がうまく発音できていない。
だから『ニル』が『ニリュ』になってしまう。
「殿下、目が覚めましたか?良かったです」
「殿下、私が一瞬お側を離れたせいで、申し訳ありません」
「オク…… だいじょーぶ。ボクが悪いの。オクわりゅくない」
『オク』と呼んでいるのは『オクソール』
俺の専属護衛だ。俺を助けてくれたらしい。
しかし、くっそ喋りにくいなー。
3歳児てこんなだっけか? 言葉が辿々しすぎないか?
「リリアス! 目が覚めたかい?」
「とーさま」
「良かった! 一時はどうなる事かと」
俺の……いや、今ボクの身体を抱き締めているのは父親で、この国の皇帝。
オージン・ド・アーサヘイム。
淡いブロンドの髪に、青空の様な澄んだブルーの瞳。
腰まであるストレートの長い髪を靡かせ歩くと、城のメイド達が皆見惚れて仕事にならないらしい。
何故かこの皇帝一家、かなりの美形揃いだ。
兄達や姉達もなかなか素晴らしい。
皇家の血筋だそうだが、元日本人の平凡な俺にとっては慣れない。目がチカチカするわ。
しかしこの皇帝て奴は一体何歳なんだよ。
少し加筆しています。