19ーリュカの思い。
俺は、リュカ・アネイラ。19歳だ。狼の獣人だ。実は俺は純血種と言われる希少な血筋だ。同血族内での婚姻に限り血筋を守ってきた。
同血族内の婚姻『親子』『兄弟姉妹』以外との婚姻で、良い遺伝子を受け継ぐ可能性が大きい。何より狼の遺伝子を残す為に守ってきた。
俺達が住んでいた村は助けて貰ったこの邸の奥、伝説の湖よりまだ奥だ。人間が入らない森の奥でひっそりと暮らしてきた。人間に見つからない様に、目をつけられない様に。
俺の父親が村の長をやっている。代々、1番強い息子が長を。1番知恵のある息子が副長を継いで村を治めてきた。
だが、その村が見つかってしまった。
ある日突然、妙に愛想の良い商人がやってきた。俺達の村に1番近い街から、隣街に行く途中で迷い込んでしまったと言っていた。丁度良いからと、村で育てた野菜と珍しい物を交換してくれた。
それは葡萄ジュース。今迄、味わった事のない美味しいジュースで、大人も子供も皆喜んで飲んだ。それが、罠だった。
商人に貰った葡萄ジュースを飲んだ者達は次々と倒れていった。葡萄ジュースの中に睡眠薬でも入っていたのだろう。
俺もいつの間にか意識がなく、気がついたら牢に入れられていた。村人全員だ。しかしまだ、殺された者はいない。
俺が何とかしなければ。力では兄貴に勝てない。頭を使うんだ。兄貴には勝てなくても、身体能力は人間には負けない。なんとか皆を助けないと。
見張りがついている。この見張りが牢の鍵を持っているのか? それに、此処はどこだ? 兄貴は? 親父は? どの牢にいるんだ?
その時、狼にしか聞こえない音域で親父から皆に指示があった。
とにかく、誰か一人でも脱出する事。そして、俺達の村近くの街にいるらしい支援者まで助けを求める事。それから、俺達の村よりもまだ奥にある同族の村に助けを求める。
牢に入れられた者全員への指示だ。支援者の名前や住んでいる場所も初めて明かされた。誰か、誰か一人でも外に出られたら……。
牢に数人の人間がやって来た。こいつら何だ? 兄貴達は警戒して威嚇していたみたいだが、俺は人間達に警戒されない様に大人しくしていた。そのせいか俺と後数人、手足に枷をつけられ牢から出されて連れて行かれた。
連れて行かれた部屋には、綺麗な高そうな服を着た人間達がいた。貴族か? こいつらの顔を覚えておく。
村に来た商人もいた。商人じゃなかったのか? 服装が違う。もしかして、奴隷商か? 仲間だったのか!?
貴族らしき奴等と、金の話をしている。俺達を売るつもりなのか。
話が纏まったのだろう。人間達はニヤニヤしながら、ワインを飲みだした。逃げるなら今だ。人間達が油断している今だ。
俺は一緒に連れて来られた仲間に合図した。時間を稼いでくれ。俺が外に出て助けを呼んでくる。
そして俺は脱走した。人間がつけた手足の枷など、俺達狼獣人が本気になれば何という事もない。
一気に俺は、手足の枷を壊して走り窓をぶち破って外に出た。
此処はどこだ……辺りを見渡して確認する。やった! 村に1番近い街だ! 親父が言っていた支援者のいる街だ!
俺は街中を駆け抜けた! 追手がくるが獣人の俺に追いつける筈がない。
無事俺は支援者の元にたどり着いた。支援者は驚きながらも、親父の名を言うと匿ってくれた。
部屋に通された途端、背中に激痛が走った! 何度も、何度も! 鞭で打たれた!
血が流れてくる。力が入らなくなる。クソ、クソッ! こいつも仲間だった! こいつが俺達の村を売ったんだ! 人間はなんて汚いんだ!
俺はまた逃げた! 走って走って走り続けた! だが、血を流した事で本来の力が出ない。
少しだけ獣人の力を解放した。耳が出る。尻尾が出る。目立つが逃げる為には仕方ない。
走った! 走って湖を目指した! あの湖の水なら傷も少しは癒える。あの湖まで行ったら村はあと少しだ!
走った! 走った! もう少しで湖だ!
なのに俺は力尽きてしまった。クソッ! 俺は死ぬのか? 皆を助けられないまま死んでしまうのか!?
その時、意識を失う寸前に子供の舌ったらずな声を聞いた。
「るー! 助けなきゃ! 大変!」
「おい、リリ。良いのか? 悪人かも知れないぞ」
「だって倒れてりゅ! 怪我してりゅよ!」
助けてくれるのか……? 誰でもいい……助けてくれ……! 村を……村人を……助けて……!
そして俺は意識を失った……