18ー獣人
「……ふわぁ…… 」
今日もいい天気だ。スッキリ目が覚めたぜ。若い身体はいいねー。前日の疲れが残ってダル重い目覚めなんて皆無だ。歳はとりたくないねー。
「殿下、おはよう御座います」
ニルが部屋のカーテンを開けてまわる。部屋に陽射しが入って明るくなる。
「ニリュ、おはよう」
そう言って俺はベッドから出て、顔を洗い、ニルに手伝ってもらって着替えを済ませる。殆ど着せてもらってるんだけどね。3歳児だからさ。
「お食事になさいますか?」
「うん、今日も来てりゅ?」
「はい、スタンバイされてます」
「そう、じゃあお願い」
ニルに椅子へ座らせてもらう。子供用の座る部分が少し高くなっている椅子だ。
さて、今朝もドアの向こうでスタンバっているのは例のシェフだ。結局あれから毎日毎食スタンバっている。何が時々だよ。いいけどさ。面白いし。
「殿下! おはよう御座います! 今日の朝食をお持ちしました!」
ただな、朝からテンションが高いんだよ……無駄に高い。
「シェフ、おはよう。今日も美味しそうだ」
「殿下、今日は葡萄ジュースが御座いますよ」
「なに? シェフおすすめなの?」
「はい! 葡萄は本来なら夏の終わりから秋にかけて収穫するので、今の時期は手に入らないのですが、帝国より南にある国から商人がジュースにして持って参りました」
そうなのか? 葡萄の収穫時期なんて知らなかったぜ。なんせ日本だと年中何かしらの葡萄があるイメージだな。ほら、お見舞いの果物セットみたいなさ。あるだろ?
「そうなの? じゃあ、ぶどうジュースにすりゅ」
「はい!」
そう言ってシェフは、俺専用のコップにジュースを入れた。
「ありぇ? シェフ、色が違う」
「殿下、そうなのです! このジュースの葡萄は紫ではなくて、グリーンなのです!」
ほうほう、マスカット的なやつかな? シャインマスカットとか? あれ、高いよなー。でも、超美味いよなー。と、思いつつ両手でコップを持ってコクンと一口飲んだ。
「シェフ! 何これ! 凄いおいしいッ!」
なんだこれ? これ葡萄ジュースか? めっちゃ美味いじゃねーか! 思わずゴックゴク飲んじゃったぜ。シャインマスカットが霞んじゃったよ。異世界侮るなかれ。
「そうでしょう! 滅多に手に入りませんが、絶品でしょう!」
シェフの奴、ドヤってるぜ。
「うん! おいしい! ニリュも飲んで!」
「え? いえ、殿下。私は……」
「いいかりゃニリュも飲んで!」
この美味しい感動を共にだよ! 一緒に味わおうぜ!
「では、一口だけ頂きます」
ニルは、カップに少し葡萄ジュースを入れて飲んだ。どーだ? 美味いだろ? 超美味いだろ?
「……まあ! 殿下、本当に美味しいです。こんな葡萄ジュースは飲んだ事がありません。スッキリ爽やかで、でも葡萄の風味やコクはしっかりあって…… 」
お、食レポしてるぜ。上手いもんだ。まいうー。
「うん、おいしいね〜!」
その間にも俺はしっかり食ってるぜ。ナイフとフォークの食事も慣れてきた。時々箸が欲しくなるけどな。
てか、子供用のナイフとフォークはないのかね? 3歳児には大きくて重いんだ。
「シェフ、ごちそうさま。今日もとってもおいしかった!」
シェフに向かって、満面の笑みで作ってくれた礼を言う。心からの礼だよ。
シェフのお陰で賑やかでいいよ。朝はもう少しテンション抑えてくれたらもっといいよ。
「殿下! 有難うございます!」
ガバッと頭を下げて、シェフは空の食器を乗せたワゴンを押しながら満足気に出て行った。
「……ふぅ……」
「殿下、テンションですよね」
「そうなの。朝からあのテンションはね」
「はい、分かります。でも殿下、シェフは1日中あのテンションですよ」
そうなのか!? 1日中なのか!? それはそれは……
「……元気だね」
――コンコン
誰かと思ったら、レピオスだ。どうした? 獣人に何かあったのか?
「失礼致します。殿下、例の獣人が今朝早くに目を覚ましました。お会いになりますか?」
「リェピオス、そうなの? もちりょん会いたい!」
怪我をして、倒れていた所を助けた狼の獣人。あれから丸2日も意識が戻らなかった。それでも、レピオスは薬湯を口に流しこみ、メイド達は交代で重湯を口に含ませたり身体を拭いたりと世話をしてくれていた。
点滴があればなぁ。ないんだなー。Dr.J○Nなら作ったかな? まだ注射の方が作れるか? しかしこの世界の薬湯は侮れない。青臭くて酷く苦いが、かなり効果が高い。今度、材料や作り方を教えてもらおう。
「ニリュ、まだオクは戻ってこない?」
俺は、ニルに手を引かれて歩きながら聞いた。
「はい、まだですね」
「るーもいない」
「そうですね。でもルー様はお姿が見えないだけですよ。多分」
オクソールがいない間、ルーが側に居るはずなのに、やっぱりあいつはいい加減だ。
「殿下、どうぞ」
レピオスがドアを開けてくれると、ベッドの中で身体を起こそうとしている獣人が見えた。
「あー、無理しないで。寝ていてね」
俺が声を掛けると、素直にベッドに寝た。おとなしいんだな。
「ありぇ? お耳がないね?」
そう、助けた時は青み掛かったシルバー色した狼の耳と立派な尻尾が出ていた。それが、今はない。一見普通の人間だ。
「殿下、あの時は獣人の力を部分的に解放して無理に走っていたから耳と尻尾が出ていたそうです」
「え? あんなにひどい怪我していたのに、走っていたの?」
「自分で話せますか?」
レピオスが獣人に問うと、獣人は少し頷いた。
「無理に話さなくていいよ。君のお名前を教えてほしいな。ボクはリリ」
「……!」
なんでビックリした顔してんだ? 俺、変な事言ったか? 言ってないよな?
「だから、言ったでしょう? 殿下は君が知っている貴族達とは違うと」
貴族? 貴族に何かされたのか?
「……? レピオス?」
「殿下、本人の口からお聞きになる方が宜しいかと思います」
「お話ししてだいじょうぶ? 疲りぇない?」
「長くならなければ、大丈夫ですよ」
「そう」
「殿下、お座り下さい」
ニルがベッドの横に椅子を持ってきてくれた。よく気がつくぜ。良い嫁になるよ。
「ニリュ、ありがとう」
俺はニルに座らせてもらうと、獣人に向き合った。
「じゃあ、ありゃためて。ボクはリリです。よりょしくね。君のお名前を教えてください」
「俺……俺は……リュカ・アネイラ。狼の獣人だ」
「リュカ」
クソ。また、ら行だぜ。ワザとじゃないよな?
「リュカはいくつ? ボクは3歳」
小さな短い指を3本立てて見せる。
「さ、3歳!? でも俺を魔法で助けてくれたと……」
「うん、魔法で助けたよ。で、何歳?」
「俺は……19歳」
「そうなの! ニリュより1つ年上だね」