178ー娘の耳
畑はシェフとニルに任せて、俺はおっちゃんを連れて、オクソールとリュカと一緒に宿屋に戻る。
「女将さん、娘さんていくつ?」
「9歳です」
え、俺より上じゃん。ちゃんと食べられてないから成長が遅いんだ。
耳が聞こえないのは、生まれつきと言ってたけど。
「耳は医師に見てもらった?」
「いや、そんな金ねーよ。医師なんて城にしかいないしな」
マジかよ!? じゃあ病気になったらどーすんだよ!? ムカつくなぁ。なんなんだ、この国の王は!
「ちょっと見てもいい?」
「ああ」
「あんた…… 」
「まあ、どうなるもんでもねーだろう」
俺は鑑定する……なるほど。妊娠中から栄養が足りてなかったのか。
どーしたらいいんだ? もう一度だ。……鑑定。
まあ、やってみるか。
「少し、触るよ。痛くないから大丈夫」
少しおびえる女の子に言い聞かせて、て聞こえないんだった。俺は驚かせない様に、そうっと両耳を塞ぐ。
『ヒール』
とりあえずやってみたが、これじゃあ駄目だろうな。
なんだっけなぁ……シオンが何か言ってたよなぁ。えっと……リ……リジェジェ?ジェジェ? いや、それは違うだろ。
『リリ、リジェネーションだよ』
ん? この声は、ルーか?
『ああ、姿は出せないからね』
俺、使った事ないけど大丈夫なのかよ?
『リリ、魔法は想像力だ!』
嘘つけよ……まあ、いいか……やってみよう。
ちゃんとすぐに発声できるように。聞こえるのは大丈夫だと思うんだ。問題は発声だよ。少しでも喋れる様にしてあげたい。
耳の細部まで、喉の器官まで思い浮かべる。前世医者で良かった。
『リジェネーション』
白い光が女の子を包んで、消えていった。
「どうかな? あんまり自信がないんだけど」
俺がそう話しかけると、女の子の目から涙がポロポロ流れ出した。
「え、えッ!? 痛かった? 痛くないはずなんだけどな。ごめんよ」
女の子が首をフルフルと横に振った。
「ち……ちが……き、聞こ……」
「えッ、聞こえる? 良かった」
「おか……ぁ……聞こぇ……!」
「ジェミナ! 聞こえるの!? 本当に!?」
「おと……! おか……! ち、ちゃ……きこぇ……!」
女の子が一生懸命喋ろうとしているが、今迄ずっと喋れてなかったんだ。聞こえても、すぐには喋れないだろうな。掠れて声になってない。
それでも『聞こえるよ!』と伝えたいのだろう。コクコクと何度も何度も頷いている。
良かったぜ。ルー、ありがとうよ!
『ハハハ、僕にかかれば、どうって事ないさ』
自慢気に小さな胸を張ってる姿が、目に浮かぶぜ。
「坊ちゃん! 坊ちゃん! 有難うよ! 本当に有難う!」
俺は宿屋の主人に、ガシッと抱き締められた。
「ちゃんと治したからね。時間が経てばもっとしっかり喋れるようになるよ。毎日、無理しない程度に声を出す練習をしてね」
宿屋のおっちゃん、メーニスと言うらしい。
茶髪に紺色の瞳をした、無精髭のおっさんだ。ちゃんと食べていたら、スタイルは良いんだろうな。背は高いが、ガリガリだ。
おっちゃんの奥さん、サウレだ。
金髪を無造作にまとめていて、茶色の瞳の愛想の良いおばちゃんだ。
やはり、食べられてないから痩せている。
娘のジェミナ。
俺より2歳上だが、俺より小さい。
おっちゃんと同じ茶髪をおさげ髪にしている紺色の瞳の女の子だ。
この子は鑑定して分かったんだが、母親のお腹にいる時から栄養が足りていなかった。でも、無事に生まれてくれて良かった。
しかし、一体何年まともに食べてないんだよ? 俺を狙う前から食料は足りていなかった事になる。
もう一人、息子がいるらしい。
ここにいても食べれないからと、王都に行ったらしい。
息子は、アウーリ。17歳。
金髪に茶色の瞳をしているらしい。
俺達も王都を目指しているから、縁があれば会えるかな?
「リュカ、シェフはまだ外かな?」
「いえ、先程戻ってきてますよ。リリ様の昼食を作ると言ってました」
「さすが、シェフだね。お腹すいちゃった」
「リリ様! お食事ですよ! さあ、皆さんも動いたらお腹が空いたでしょう! 食べて下さい! 沢山ありますからね! 遠慮はなしです!」
シェフ、どんだけ食料持って来たんだ?
「リリ様、それはもう大量にです。私達も、持たされてますから」
「え!? オク、そうなの?」
「はい。多少使っても、どうと言う事はありません」
スゲーな! シェフやるじゃん! 今回シェフは自分でもマジックバッグ2個持ってるんだぜ。出発前に俺に『もう1個欲しい』と、言ってきたから作ったんだ。
「みんな、食べよう!」
昼食は俺の好きな、クリームパスタだった。
「チュルチュル……んまんま。美味しいー!」
「坊ちゃん、また見た事ない料理だな!」
「え? そう? 普通だよ?……んー!美味しい!」
「坊ちゃんよ、さっきみんなで話し合ったんだけどな」
「うん、何?……マジうま!」
「いや、夢中かよ!」
「……モグモグ……え? 何?」
「いや、いいよ。食べてからにするわ。」
「……? ニル、りんごジュースが欲しい」
「はい、リリ様」
「ニル、食べてる?」
「はい。食べてますよ。ほら、リリ様。こぼしますよ」
「あ……モグモグ……」
ふう、よく食べたぜ。食べたら眠くなるぜ。
「坊ちゃんよお」
「……ん? ふわぁ……」
「今度は眠いのかよ!」
なんだよ、おっちゃん。さっきからツッコミうるさいなぁ。
おっちゃんは、お笑い志望ですか? なんてな。
眠いからちょっとごめんよ。俺は、ちょっとウトウトする。
椅子に座って、ニルの膝枕だぜ。いいだろう。役得だぜぃ。
「なあ、兄さん方よ。坊ちゃんはいつもこんな感じか?」
「ハハハ、そうですね。昼を食べたら駄目ですね」
「はぁ…… そうか」
「でも、よく寝ても30分位ですよ。直ぐに目を覚まされますよ」
「そうか。じゃあ、待ってるわ」
リュカが説明してる。なんとなく聞こえてんだよ。
3歳や5歳の頃はガッツリ爆睡してたけどな。そうさ、俺も成長してんだよ。
「ん、ん〜」
「リリ様、お目覚めですか?」
「うん……あ、ニルごめんなさい。重かったね」
「いえ、そんな事はありませんよ」
「よお、坊ちゃん。起きたか」
「うん。おっちゃん、どうしたの?」
「リリ様、りんごジュースです」
「ありがとう」
「実はよ、相談があるんだが」
「……コクコクコク」
「今度はりんごジュースかよ!」
「……何? おっちゃんも飲む?」
「いや、いらねー」
「そう?……コクコク」
「だからな、相談があるんだよ」
「うん……コクン」
「町の皆で金を出し合うからさ、食料を少しでも分けてもらえないか?」
「うん。いーよー」
「へ? いいのか?」
「うん。いぃーよ。オク」
「はい。しかし我々も慈善事業ではないので、金額に見合う分になりますが。宜しいですか?」
「ああ、もちろんだ!」
ぶっちゃけ、慈善事業なんだけどな。
それから、町の人達が集まってお金を出してきた。
しかしだな。もし大量に置いて行っても腐るだろう?
だから、肉や魚はそんなに置いていけない。野菜も程々だ。小麦粉や調味料、日持ちのする物を中心に置いて行く事にした。ナマモノにはたくさんの氷付きでな。さて、そこでだ。
「おっちゃん達は、狩をしたり釣りをしたりはしないの?」
「ああ、しねーな」
「どうして?」
「知らねーもんよ」
「狩の仕方を?」
「ああ」
「この辺に獣はいるの?」
「ああ、ここはド田舎だからな」
「おっちゃん……ほんと、ダメダメだね」
マジかよ。これは意識から変えないといかんね。
ご指摘頂いたので考えて少し変更しました。
耳が聞こえるようになってすぐに喋れるはずがない。と、ご指摘頂きました。
でも、ファンタジーです。ご都合主義と言われてもファンタジーです。千切れた腕がくっつくように、直ぐに喋らせてあげたかったのです。リリの気持ちなのです。
それで、一度目にご指摘頂いた時はスルーしたのですが。
現代医学でどうであれ、学習ができていないからとかではなく、喋らせてあげたかったのです。
ですので、これがギリギリ妥協点です。申し訳ありません。
現実はどうあれ、身体の欠損が治ったり、生き返ったりするのがファンタジーです。リアルを追求してはいません。なら、獣人なんて有り得ないと言う事になります。
割り切って頂ければ幸いです。
ご指摘、ありがとうございました。