176ー宿屋
「スゲー! こんな料理見た事ねーよ!」
宿屋の主人が、シェフの料理を見て驚いている。
「おじさん、家族は?」
「あ? ああ、かーちゃんと娘がいるさ」
「一緒に食べよう。呼んできてあげて」
「いや、しかし坊っちゃん」
「いーのいーの。シェフの料理は美味しいよ?」
「本当に良いのかい?」
「うん。皆んなで食べた方が美味しいよ」
「坊っちゃん、恩にきるよ!」
そう言って、宿屋の主人は奥に走って行った。
暫くして、奥さんらしき女性と、娘を連れて戻ってきた。
娘は俺と同じ位か? 並べられた料理を見て、目をキラキラさせている。
「美味い! この料理なんてんだ?」
「これは、帝国では普通に食べられてますよ」
「シェフ、そうなのか!? こんなの見た事ないよ!」
シェフが作ったのは、チーズたっぷりのリゾットとポトフだ。宿屋の主人がマトモに食べていない様だから、消化の良いものと、考えてくれたんだろう。
「ねえ、おじさん。なんでこんなに物がないの?」
「ああ、帝国が関税とやらを無くしたらしいんだ。それで、帝国の物が高くなるわ、入ってこなくなるわでな」
「おじさん、違うよ」
「へ? 何がだ?」
「普通に考えてみてよ。関税をなくしたら、帝国が王国に物を売る時に税金が掛からないから、売りやすくなる。
買う時も、税金が上乗せされてないから、その分安いはず。
それで物がなくなったり、高くなったりするのは違うよ」
「そうなのか?」
「うん。きっかけは何なの?」
「あれだ。第2王子が帝国の皇女に婚約破棄されたらしい。それで、第2王子と第1王子が、帝国に悪さしたんだと」
「おじさん、誰がそんな事言ってたの?」
「誰って。そうお触れが出た、てみんな言ってるぜ?」
「おじさん、騙されてるね。本当は、王様が帝国の皇子を暗殺しようとして、失敗したんだよ。それで、帝国が怒ったんだ」
「え! そうなのか!?」
「うん。帝国では有名な話だよ?」
「じゃあ、王子達は関係ないのか?」
「なんかね、王様になんて事をしたんだ!て、言ったんだって。それで、王様が怒ったらしいよ」
「そうなのか?」
「うん。だって、ボク達は第1王子に仕えてる人達に呼ばれたんだ。王国は物がないから助けて欲しい、て言われてさ」
助けて欲しいなんて、言われてないけどな。会った事もないけどな。
「第1王子が? そうか、あの王子は昔から俺たち庶民の事を、庇ってくれてたからな」
「そうなの? 王様が悪いよね。他所の国の皇子を、暗殺しようとしたんだもん。そりゃあ、誰だって怒るよ。下手したら戦だよ」
「そうだよな。今の王は強欲だからな」
「第1王子は何してるの? さっさと、王様になっちゃえば良いのに」
「駄目なんだ。幽閉されてるからな」
「え! 幽閉!? 何も悪くないのに?」
「ああ、そうだ」
「あらら、じゃあもう駄目だね」
俺は少し知らない振りをして、話しながら食事をした。
「坊ちゃん、美味かった! 恩にきるよ。生き返ったわ」
奥さんと娘も一緒に頭を下げている。
これは、思っていたより、酷いなぁ。
「ねえ、おじさん。この町の人達みんな食べられてないの?」
「ああ、皆似た感じだ。商人が来ねーからな。物がないんだ」
「どうして、畑を作らないの?」
「作っても、まともに育たないんだ」
「肥料を混ぜたりしてる?」
「肥料てなんだ?」
「土に栄養になる物を混ぜるんだ。ずっと、作物を作っていると土の養分がなくなっちゃうんだよ」
「土の養分て何だ?」
マジかよ……そっからなのかよ。
「おっちゃん、明日教えてあげるよ」
そうして俺は部屋に戻る。もう眠いのさ。
ちょっと気になった事もあるんだが、眠くて頭が回らないので、とりあえず明日だ。
「……んん〜……うッ」
俺は体が痛くて目が覚めた。
「リリ様、お身体が痛みますか?」
「ん、ニル。少し痛い。なんで?」
「ベッドが悪いからです。城とは違いますから」
「あー……」
そうだった。俺は王国の小さな町の、草臥れた宿屋に泊まってたんだ。
「で……んんッ。リリ様、お湯をご用意してます」
ニル、今殿下て言いかけたな。
「うん。ありがとう」
俺は一応顔を洗うが、クリーン魔法もかける。暫くの間、クリーンで我慢だ。
「失礼致します。リリ様」
「リュカ、どうしたの?」
「下がえらい事になってます」
なんだ? どうした?
慌てて下におりる。小さいユキがトコトコとついてくる。
「……え、リュカ。これ何?」
「あ! 坊ちゃん! 朝食できてますよ!」
騒ぎの真ん中から、シェフが叫んでいる。
「シェフ、これどうしたの?」
「はい、私が朝食を作ってましたら、町の人達がワラワラと集まってきまして。こんな事になってしまいました。ハハハ」
ハハハじゃねーよ。まるで、炊き出しじゃねーか。
「坊ちゃん! すまねー!」
「おっちゃん、どうなってんの?」
「みんな、食べてないんだ。少しでいいから、食べさせてやってくれねーか?」
「ん〜……駄目! タダでは駄目!」
俺が言った途端に、場が冷え切った。
いや、何でタダで食べられると思ってんだ? あり得ないだろう?
て、まあちょっと体裁を、整えたいだけだけどな。
「今日これから、ボクがする事に、協力してくれるって約束してくれる?」
「坊ちゃん、するぜ! なんでも言ってくれ!」
俺も、私もと、口々に言っている。
「絶対だよ! 約束だからね!」
よし、じゃあ決まりだ。
「じゃあ、食べたらそのまま残ってね。お手伝いしてもらうから。みんなで食べよう! 食べに来られない人がいるなら言って! 持って帰れるのを用意するからね!」
ワアッ! と、皆食べ出した。しかし、酷いなぁ。
「リリ様……」
「うん、オク。この後、少し畑を見るよ」
「分かりました」
「それと……ああ、おっちゃん!」
「なんだ? 坊ちゃん!」
おっさん、口いっぱいじゃねーか!
「昨日、気になったんだけど。もしかして、娘さん耳が聞こえないの?」
「あ……ああ。そうなんだ。生まれつきなんだ」
「後で、ボク見てもいい?」
「そりゃ、構わねーが。どうするんだ?」
「ボク、医師に弟子入りしてるんだ。少し見てみたい」
「坊ちゃん、頭いいんだな。商売だけじゃなくて、学問もできるのかよ」
「おっちゃん、帝国なら普通なんだよ」
「そうなのか……」
「うん。王国は今の王の代になってから、どんどん悪くなったて聞いたよ。大丈夫なの?」
「俺達底辺の人間は、何もできないさ」
「おっちゃん! 出来るよ!
何もできないなんて事はない!
考える事をやめたら駄目だ!」
俺は声を大にして言った。