173ー母の思い
「リリ……!! 大丈夫よ。母さまがリリを守るわ!」
「ヒック……グシュ、ヒック……」
もう、仕方ないな。分かったよ……俺の負けだ。
「母さま……ヒック……駄目です。ヒック……」
「リリ……?」
「ボクは母さまの子供に生まれて、幸せです。母さま、大好きです。ありがとうございます……ヒック、ヒック」
俺は母に抱きついた。
くっそムカつくぜ!
「リリ、何を言ってるの?」
「……ヒック……分かりました。父さま、ボク王国に行きます」
「リリ! 行かなくてもいいわ! 行かせないわ!」
「母さま、いいんです……ヒック。どうせ父さまは、ボクや母さまが何を言っても、行かせるつもりなんです……グシュ」
「リリ、父様はそんなつもりじゃないよ」
「父さまは、ボクの父さまじゃなくて、帝国の皇帝なんです。ヒック……ボクの命より、帝国の民なんだ。グシュ。皇帝なんだから、当然です。ヒック……」
「リリ! それは違う! 父様だって、辛い決断なんだ。父様だって、リリを愛してるよ!」
「もう、いいです……母さま、行きましょう。ヒック……。
ボクが行きます。それでもうお話しはおしまいですよね? ”皇帝陛下”失礼します。グシュ」
俺は、父に一礼して、母を引っ張って執務室を出た。
くっそー、あの皇帝め。俺だって分かってるさ。マジ、あの言い方だよ!
リュカがついてくる。ごめんよ、心配かけるな。
「殿下……」
「リュカ、良いんだ……グシュ。獣人だとバレたら危険だから、今回はオクとリュカはお留守番しててね」
「殿下!! 何を仰るんですか! 俺は殿下の側を離れませんよ! 殿下が行かれるなら、俺も行きます! オクソール様だって、同じ気持ちです!」
「ううん。ボクが嫌なんだ。二人に、もしもの事があったら嫌なんだ」
「じゃあ、殿下にもしもの事があったらどうするんですか! 誰が殿下を守るんですか! 行きますよ! 殿下が何と言っても行きます!」
「リュカ……」
リュカ、ほんといい子だよ。俺は泣くぜ? 泣いてしまうぜ。もう泣いてるけどな。
「リリ、分かっているのね? あなた、わざとあんな言い方したのね?」
さすが、母だ。分かったか。鋭いな。
俺は母と手を繋いで歩く。ポテポテと、部屋に向かって歩く。悔しいぜ!
「母さま、嫌なのは本当です。でも、父さまは甘いですから。ボクの気持ちも、少しは分かってもらわないと」
「リリ……あなた……」
「殿下……」
「どうして一番小さいリリばかり……」
「仕方ないです……グシュ。父さまなんて大嫌いだ、て言ってやれば良かった……グシュ」
まあ、諦めてたんだけどな。
こうなったら、クーファルが言った様に食料でもなんでも、思いっきりバラ撒いてきてやるさ。やりたい様にやってやるぜ!
「リリ、分かったわ」
「母さま……? ヒック」
「母様もリリと一緒に行きます!」
ええーー!!!! なんだってぇーー!!
なんでそうなるんだよ!?
「母さま、それは駄目です! 危険です!」
「それはリリも同じでしょう? 母様も、もう嫌なのよ。リリの帰りを待つだけなんて……
母様だけ安全な所にいて、心配しか出来ないなんて……もう嫌なの。
大丈夫よ。母様だって自分の事位、自分で守れるわ」
「母さま……!」
「駄目よ。今回は止めても駄目。母様も一緒に行きます。でないと、リリは行かせません」
あー、母よ。意外と母は頑固だった。
俺とリュカはボーゼンとしてしまったよ。涙も引っ込んだよ。
さて、母も一緒に俺の部屋に戻ると、ニルがびっくりしてとんできた。オクソールもだ。
「エイル様、殿下! どうなさったのですか!?」
まあ、俺が泣き腫らした目をしているから、ニルは驚くよな。
ニルは慌てて、冷たい水でタオルを絞って持ってきてくれた。瞼に当てると冷たくて気持ちいい。
「殿下、陛下のお話しは何だったのですか?」
「オク……あのね」
俺は父の要望を、話して聞かせた。
オクソールの表情がどんどん険しくなっていく。ピキッて音がしそうだ。
「……殿下。少し、失礼します」
「オク……!?」
オクソールが、部屋を出て行った。
まさか、父の所に行くんじゃないよな?
「殿下、行かれたと思いますよ」
「ニル……まさか」
「いえ、今回の事は皆そう思います。何故、殿下が行かなければならないのですか」
あ、駄目だ。これはニルも怒っている顔だ。
「リリ、良いかな?」
クーファルだ。フォローのクーファルがやってきたよ。
「はい、兄さま」
「リリ、分かってるんだろう?」
「兄さま……」
「さっき、オクソールとすれ違ったけど。あれは父上に、文句を言いに行ったんだろうね」
「兄さま、やっぱりそうですか」
「確かにリリを狙っている国に、何故わざわざリリ本人を行かせるんだ、て思うよね?」
「兄さま……」
「でも、リリは分かっているんだろう?」
「兄さま、でも父さまはいつも甘すぎます。軽すぎる。それが嫌なんです」
「そうだね。でも、父上の考えは悪くない」
「はい……言い方ですよ。あんな言い方をされると、ボクは何なの? て、思います」
「そうだね。セティにも叱られていたよ。きっと、オクソールにも叱られるだろうね」
「ハァ……でも父さまは変わりません」
「リリ、兄様は一緒に行くからね。それと、今回は父上にも行ってもらう事にした」
「父さまもですか?」
「ああ。リリを行かせるなら父上にも行ってもらう。公式に訪問して、異議申し立てをしてもらう」
「そうなのですか……」
「それで、上手く行けば父上の前で譲位してもらう」
「内政干渉にならないのですか?」
「だからリリ。第1王子を解放するんだ。第1王子を支持している官僚達と一緒に譲位を要請してもらう」
「はぁ……兄さま……」
「リリ、何だい?」
「ボクはまだ7歳です」
「ああ、そうだね。でも、リリも帝国の立派な皇子だ」
「……兄さまは本当にずるい」
「でも、何がなんでもリリは兄様が守るから。兄様は応援しているよ」
クーファルがフワリと抱き締めてくれる。
本当、良い兄だよ。いつもクーファルは、フォローを忘れない。
3歳の時に、泣いてる俺を心配して馬を飛ばして来てくれたのもクーファルだ。
あー、いかん。また泣きそうだ。
「クーファル殿下。今回は私も同行致します」
「エイル様……!」
「陛下が公式に訪問されるなら、丁度良いわ。私も行きます。譲りませんよ」
「分かりました。父に報告しましょう」
「我が子を、危険な目に合わせてなるものですか」
「母さま……ありがとうございます」
俺は母に抱きついた。あー、母は偉大だ! 母のストレートな愛情はとっても嬉しい。