16ー怪我人
「るー、オクを呼んで来て! 早く!」
「分かったよ。危険な奴かも知れないから近寄るなよ! ニル、頼んだよ!」
そう言ってルーが消えた。近寄るな! て、放っておける訳ないだろ。俺は医師だぞ。前世だけどな。
「殿下、だめです。これ以上は」
「ニリュ、大丈夫。気を失ってるよ。それよりすごい血だ。どうしよう」
倒れている背中に鞭の跡があった。鞭? 鞭で打たれたのか? 血が止まらない。応急処置しないと!
消毒して止血して……て、そうだ! この世界は魔法で回復できるんだ。今さっき、やったとこだ。落ち着け俺。深呼吸して倒れている獣人に向かって手を翳し心の中で詠唱する。
『ヒール』
――フワン……
「殿下、それは…… 」
淡い白い光が獣人の身体を包んだ。だが、まだ傷が塞がらない。深いな。
ニルが驚いているが、この際後回しだ。
『ハイヒール』
――ブワン……
さっきよりも強い光が獣人の身体を包んで消えていった。あ、傷が消えて行く。呼吸も落ち着いてきたな。
「殿下、こちらへ」
ニルが俺を獣人から引き離す。獣人はまだ意識が戻らない。
「殿下!!」
オクソールが慌てて走ってきた。
ルーがオクソールの直ぐ後ろを飛んでいる。
「オク! お願い! お邸に運んで! 怪我してたの!」
「殿下……これは……!」
「オク! 早く!! 怪我は治ってりゅ筈だけど、血を流し過ぎてりゅかも知りぇない。酷い怪我で血もたくさん流りぇてたの。リェピオス呼んで!」
「とにかく、殿下。邸に入りましょう」
そう言って、オクソールは獣人を担いだ。軽々とだ。すげぇ……
いやいや、感心している場合じゃねーよ。
「ニリュ! お願い、抱っこして! 走って!」
「はいッ! 殿下!」
そう言って両手を出す俺を、ニルはヒョイと抱き上げて、オクの後を走って付いて行った。ニル、逞しいぜ。
「オクソール様! 取り敢えず、客間に!」
「ニル殿、分かった!」
途中で使用人にレピオスを呼びに行かせて、ニルの言った客間へと急ぐ。
ベッドに寝かせるにも服は破けて血塗れだ。傷は治せても血は消せないのか? 服や身体の汚れは?
「るー、汚りぇを落とすのは?」
「ああ、リリ。クリーンだ」
よし、『クリーン』
そう心の中で唱えると、獣人の身体の汚れや血塗れの服がシュルンと綺麗になって行く。ついでにオクソールに着いた血痕も消えてなくなる。
「……! 殿下、魔法を!?」
「うんオク。使えりゅ様になったの。それより早く寝かせてあげて!」
「失礼します! 殿下!」
レピオスが来てくれた。
「リェピオス、傷ついて血塗りぇだったの。鞭で叩かりぇた傷みたいだった。傷は治したけど、たくさん血が出てたかりゃ見てあげてほしいの!」
「分かりました。拝見しましょう」
レピオスが診てくれているうちにニルに話す。
「ニリュ、ありがとう。」
「いいえ、殿下はお怪我はありませんか?」
「ボクはなんともないよ。ニリュ、彼が着りぇそうな服はない?」
「何か見繕ってきましょう」
「うん、おねがいッ」
「殿下、怪我は殿下が治されたのですか?」
レピオスがスキャンを終えたらしい。
「うん。ヒールでダメだったかりゃ、ハイヒールを掛けてやっと傷が塞がったの。酷い怪我だった。」
「殿下! ハイヒールを使えるのですか!?」
「うん、るーに教わったとこ」
「教わったとこ……?」
「うん。るーに裏庭で魔法を教わっていた時に、彼がドサッて倒りぇたの」
「教わってすぐに中級魔法を使えるとは……! 殿下のハイヒールが無ければ命を落としていたかも知れません。かなりの血を流した様です。暫く安静が必要ですね。では私は薬湯を作って参ります」
「うん。リェピオスおねがい。ありがとう」
「オクソール、狼の獣人だな」
「ええ、ルーさま」
狼だと何かあるのか?
「オク? なあに?」
「……殿下。狼の獣人は希少なのです。私が獣人なのはご存知ですね?」
「うん。獅子だよね?」
「はい。獅子も少ないのですが。彼の青み掛かったダークシルバーの髪色から推測すると、狼の獣人の中でも純血種かも知れません。狼の獣人の髪色は普通は茶色か黒なので」
「じゅんけちゅしゅ?」
言えてねー!!
「はい。希少な狼の獣人の中でも更に希少な純血種です。今はもう絶滅したのではないかと言われております」
そんなにか……! 日本狼みたいだな。
「もしかしたら、彼は違法の奴隷商人に捕まり逃げて来たのかも知れません」
奴隷商人!? 最悪なワードが出てきたな。命を命と思わない奴等だな。
「オク、奴隷って……だかりゃ鞭で打たりぇたのかな?」
「そうかも知れません。しかし帝国では奴隷は違法です。例外はあります。罪を犯して服役している者は、犯罪奴隷になります。法律で許されている奴隷は国が管理している犯罪奴隷だけです」
じゃあ、闇取引か。マフィアみたいだ。
「違法の奴隷商人て、闇取引てこと?」
「そうです。その通りです」
「ゆりゅせないね」
「はい。許せません」
「オク、探りぇない?」
「やってみましょう」
「おねがいッ! 他にも同じ様な扱いをさりぇていりゅ人達が、いりゅかも知りぇない。助け出さなきゃ」
「はい、殿下。では、私が調べに出ている間は邸から出ないと約束して下さい。庭もです」
「どうして?」
「彼の血の後を辿って来るかも知れません。まず血痕がないか探して、あれば消しますが。用心して下さい」
なるほどー。オクソール頭良いなー。
「わかった。お邸の中で大人しくしてりゅ」
「お願いします。それでルー様」
「なんだい?」
「私が離れる間、リリアス殿下をお願いします」
「ああ、分かったよ」
「殿下、服を着替えさせますので、殿下は部屋にお戻り下さい」
おお、ニル出来る侍女だね! 仕事が早いね。
「うん。ニリュ、じゃあおねがい」
「はい、畏まりました」
「殿下、部屋までお送りしましょう」